お出掛けキス 明け方。 ふと目覚めたカカシは、布団の中で耳を澄ませた。だが、腕の中から聞こえる恋人の規則的な呼吸音と鳥がさえずる声以外、何の物音も聞こえて来ず小さく首を傾げる。 音ではないのかと、続いて気配を探り、窓の外の小さなそれに気付く。 (・・・あぁ) ようやく人員が集まったのだろう。集合時刻を知らせる連絡の式だ。 昨夜、カカシは火影の執務室へ呼ばれた。 そこで言い渡された任務は当然の如くSランク任務だったのだが、人員が足りないという理由で、カカシはしばらくの間、自宅待機を命ぜられていたのだ。 小さく溜息を吐きながら腕に乗せていた幸せな重みをそっと下ろし、揺らして起こしたりしないようゆっくりとベッドから抜け出す。そうして窓際に歩み寄ったカカシは、音を立てずに窓を開け、そこで待っていた小鳥を掌に乗せた。 片手で印を組み、その小鳥を元の文へと戻す。 「・・・任務ですか?」 それを読むカカシの耳に、不意に聞こえてきた掠れた小さな声。ベッドで眠っていたはずのイルカだ。 起こしてしまったかと、僅かに苦笑しながら背後を振り返る。 「ん。・・・昨夜、執務室に呼ばれたんです」 まだ眠そうに目を擦りながら上体を起こしていたイルカが、カカシのその言葉に動きを一瞬止める。 そう、一瞬だ。 心配してくれているのだろう。少しだけ表情を翳らせたイルカは、だが、次の瞬間には小さく笑みを浮かべてみせた。 「・・・まだ時間がありますか?」 「一時間くらいなら」 「それなら、少しだけでも食べて行って下さい。すぐに作りますから」 不安や心配を抱えているのだろうに、任務前のカカシの負担にならないようにと考えてくれているのだろう。それらを懸命に見せまいとするイルカの心遣いが愛しい。 ベッドの端に腰掛け、髪を結い始めたイルカの側に歩み寄ったカカシは、その頬にゆっくりと手を伸ばした。自然と見上げてくるイルカの唇にそっと口付ける。 「・・・おはよ、イルカ先生」 胸に溢れる愛しさを込めて告げたカカシの朝の挨拶に、イルカがふわりと柔らかな笑みを浮かべて見せる。 「おはようございます、カカシさん」 そうして告げられたイルカの声にはもう、どこにも翳りは無かった。 集合時刻まであと一刻。 イルカが作ってくれた軽い朝食を腹に収め、出掛ける準備をする。 まだ少し早い時間のはずだが、イルカも出勤準備を始めている事に気付いたカカシは、ベストに袖を通しながら小さく首を傾げた。 「もう出掛けるの?」 カカシと同じく、ベストに袖を通しているイルカにそう訊ねてみると、イルカは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべた。 「ちょっと早いんですけど、途中までカカシさんと一緒に行こうかなと思って・・・」 そう言いながら自らの額当てを手にしたイルカが、少し顔を俯かせて額当てを着けようとする。だが、結び難かったのか少々顔を顰めた。 それを見たカカシから、ふと小さく笑みが零れる。 「ホラ、貸して。着けてあげるから」 そう告げながら手を差し出すと、それに気付いたイルカが嬉しそうな笑みを浮かべた。 「すみません。お願いします」 素直に差し出されたイルカの額当てを受け取り、イルカの背後に回る。 「・・・今回の任務は少し長めになりそうです」 イルカの額当てを着けてやりながら小さくそう告げると、イルカはピクンと僅かに身体を震わせた。 「・・・そう、ですか・・・」 沈んでいくイルカの声と肩。 心配と不安。それから、しばらく会えなくなる淋しさに心を痛めているのだろう。そんなイルカの後姿を見つめるカカシの瞳が、愛しさから切なく眇められる。 額当てをきゅっと結び、そのままイルカの背をそっと抱き込む。 「ゴメンね・・・?」 少し下がってしまっているイルカの肩に顎を乗せてそう謝ると、イルカは小さく苦笑したようだった。 「謝らないで下さい。・・・駄目ですね。あなたに負担は掛けたくないのに・・・」 小さな声でそんな事を言うイルカに苦笑する。 「負担だなんて思った事はありませんよ」 カカシはイルカの耳元でそう告げながら、その身体をきつく抱き締めた。 「あなたがオレの事を想ってくれている。それは負担なんかじゃない」 囁くようにそう告げながら、イルカの首筋に顔を埋める。 「・・・愛しいあなたがそうやってオレを想いながら待ってくれているから、オレは必ず帰って来ようと思えるんですよ」 愛しさを込めてそう告げる。すると、そんなカカシの頭にイルカがそっと擦り寄ってきた。 「・・・カカシさん・・・」 そうして愛おしそうに呼ばれたカカシの名は、小さく掠れていた。 淋しさが顔に出始めたイルカと共に玄関へと向かう。 「カカシさん」 名を呼ばれ、上がり口に座ってサンダルを履いていたカカシは「ん?」と、背後のイルカを振り返った。 すぐ側に膝を付いたイルカがカカシの肩に手を置き、そっと顔を寄せてくる。 珍しいイルカからの誘いに、誘われるがまま口付ける。軽くかと思われたその口づけは、だが、イルカの手がもっとと言うようにカカシの首の後ろへ伸ばされた事で深さを増した。 「ん・・・っ」 背中越しではイルカの要望に充分に応えられない。口付けの合間に漏れるイルカの甘い吐息を聞きながら、イルカの方へと身体ごと向き直る。 そうしてカカシは、イルカの耳元に手を添え、その咥内を優しく愛撫し始めた。 淋しい淋しいと訴え掛けて来るイルカの口付けが堪らない。 舌を差し出してみると、仔猫が母乳を飲むかのように、んくんくと懸命に吸い付いてくるイルカが可愛らしくて愛しい。 もっともっとと強請るイルカの舌を宥めながら、ゆっくりと口付けを解く。 (・・・行きたくないな・・・) まだして欲しいと、視線でも強請ってくるイルカの頬を擽りながら、そんな事を思う自分に内心苦笑する。 こんなにも積極的なイルカなんて、そうそうお目にかかれないのだ。もっと味わいたいが、なにぶん、今のカカシには時間がない。 「・・・帰ってきたら、今の続き、してくれる・・・?」 小さく首を傾げ、囁くようにそうお願いする。すると、それを聞いたイルカがかぁと顔を赤らめた。 奥手なイルカには無理なお願いかと思われたが、イルカが頷く事で思いがけず叶えられてしまう。ただし。 「・・・その・・・、怪我しないで無事に帰ってきたら・・・」 カカシから視線を逸らし、恥らう仕草を見せていたイルカが、小さな声でそんな可愛らしい事を言う。 「りょぉかい」 積極的なイルカというご褒美が与えられるのであれば、決して怪我などするものか。ふと笑みを浮かべて了承したカカシは、イルカの唇に約束の口付けを一つ落とした。 「待ってて?傷一つ負わずに帰ってきますよ」 自信たっぷりにそう告げると、その約束が嬉しかったのだろう。イルカは嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。 「はいっ」 そんなイルカにふと笑みを浮かべながら立ち上がる。座り込んでいるイルカに手を貸し立ち上がらせる。 「さて、行きましょうか」 イルカがサンダルを履いたのを確認し、口布を引き上げたカカシは、イルカの手を繋いだまま玄関のドアを開けた。 |