2009年カカ誕企画 思い出のキス 秋刀魚の塩焼きと茄子の味噌汁。 それから、その昔、三代目に頼み込んで譲り受けた秘蔵の酒。 古めかしい卓袱台の上に並べられたそれらは、恋人であるカカシの好物と、イルカのとっておきの酒だ。 箸を片手に座布団の上にちょこんと座るイルカは、それらを眺めながらちょっと不安になっていた。 (本当にこれだけでいいのかな・・・) ちらと視線を上げれば、嬉しそうに秋刀魚の身を解しているカカシがそこに居るのだから不安になる必要は無いとは思うのだが、如何せん今日はカカシの誕生日だ。一年にたった一度しかない特別な日。 そのお祝いの席だというのに、卓袱台の上に並べられたものはいつもとあまり変わっていないのだから、不安になるのも仕方がないとイルカは思う。 カカシの誕生日を初めて祝うイルカとしては、もっと頑張って色々と作りたかったし、プレゼントだって、酒の他にも何か用意したかった。けれど、お祝いする本人にこれがいいと言われてしまっていては、それ以上を用意するのは躊躇われたのだ。 イルカから小さく溜息が零れ落ちる。 (もう・・・っ) カカシは普段からあまり多くを望む事をしない。それをもどかしいと思った事は何度かあるが、今日ほど強く思った事はない。 一年に一度しかない誕生日くらい、我侭や贅沢を言ってくれてもいいのにと思う。 「・・・何か悩み事?」 不意に聞こえてきた気遣わしそうなその声に、イルカは知らず俯いていたその顔を慌てて上げた。 見れば、目の前に座るカカシが心配そうな顔をしてしまっている。 (うわ・・・っ、何やってるんだ俺・・・っ) せっかくのカカシの誕生日なのに、そのカカシにこんな顔をさせてどうする。急いでふるふると首を振る。 「いえっ、その、秋刀魚がちょっと焦げちゃったなと思って・・・っ」 慌ててそう誤魔化したイルカに、カカシがふと笑みを浮かべてみせる。 「大丈夫ですよ。凄く美味しい」 本当にそう思ってくれているのだろう。カカシの嬉しそうなその笑みを見たイルカの口元に面映い笑みが浮かぶ。 誕生日だからと、いつも以上に気合を入れて一生懸命焼いた秋刀魚は、気合いを入れ過ぎてちょっと焦げてしまっていたが、それでもカカシが喜んでくれている。それがとても嬉しい。 カカシはいつでも優しくて、こうして一緒に過ごしていると、イルカを甘く幸せな気持ちにさせてくれる。 そんなカカシにお礼、ではないが、少しでも同じ気持ちを返したい。 今日のイルカはそんな思いを胸に頑張っているのだが、まだまだ足りないなと思う。カカシがイルカにくれる幸せには程遠い。 (もっと頑張らなきゃ!) そう心の中で決意したイルカは、自分でも上手に味付け出来たと思う味噌汁を口元に運びながら、他にも何かカカシにプレゼント出来ないだろうかと考え始めた。 秋の澄んだ夜空に細い月が浮かんでいる。 中秋の名月には程遠いが、銀色に輝くその月もとても綺麗だった。 「綺麗ですねぇ・・・」 窓辺に置かれた座布団に胡坐をかいて座り、その背を丸めるカカシが空を見上げながらそう呟く。 思わずといったその言葉が嬉しい。カカシの隣に座ったイルカは、ふと笑みを浮かべ、持ってきた銚子をカカシへと差し出した。 「どうぞ」 「ありがと」 カカシが持つ杯に酒を注いでいくと、細い月がその水面に映し出されていく。それに気付いたカカシが、ふと嬉しそうな笑みを浮かべる。 「あぁ、月見酒だ」 「はい」 納得したという風に告げられたカカシのその言葉に、笑みを浮かべて応える。 いつもの卓袱台ではなく、この窓辺で飲もうと提案したイルカの思惑を、カカシはどうやら喜んでくれたらしい。 酒を注ぎ終えると、イルカに再度「ありがと」と、柔らかな笑みを浮かべて礼を言ってくれた。 杯の中で揺れる細い月を酒の肴に、注しつ注されつ飲み始める。 イルカとっておきの酒だ。旨い酒に過ぎてしまいそうになりながら、イルカはまだ、他にも何かプレゼント出来ないだろうかと考えていた。 カカシにもっと喜んで貰いたい。幸せな気持ちになって貰いたい。 杯に映る月を眺めながら、うんうんと呻る。すると。 「・・・イルカ先生?」 酔ったのではと心配してくれたのだろう。そんなイルカの顔をカカシがそっと覗き込んで来た。 (あ・・・) それを見てふと思い出した。カカシに初めてキスされた時の事を。 二人が付き合い始めてまだ間もない頃、居酒屋の個室での出来事だった。二人きりで呑む事に緊張し、少し飲み過ぎてしまったイルカは、介抱してくれていたカカシにふとした拍子に口付けられたのだ。 驚いたけれど、とても嬉しかったのを今でもはっきりと覚えている。 その時の幸せな気持ちを思い出したイルカは、手に持っていた杯を置いた。カカシへと向き直る。 「・・・カカシさん」 「ん?」 カカシが小さく首を傾げる。 「あの・・・、少しの間、目を瞑っててもらえませんか?もう一つプレゼントしたいものがあるんです」 イルカからキスをするのはこれが初めてだ。カカシに見つめられていては、とてもじゃないが恥ずかし過ぎて出来そうに無い。 少し頬を染めたイルカがそう願うと、カカシは不思議そうな顔をしながらも、何も聞かずにその深蒼の瞳をそっと閉じてくれた。 相変わらず端正なその顔にドキドキしながら、カカシの唇にそっと口付ける。 喜んでくれるといい。そう願いながら唇を離すと、キスされるとは思っていなかったのだろう。いつの間に目を開けたのか、驚いた顔をしたカカシとばっちり目が合ってしまった。 (うわ・・・っ!) 今更ながらに羞恥心が湧き起こる。顔が一気に火照り、それを感じたイルカは慌てて俯いた。そんなイルカに、カカシがふと笑う気配がする。 恥ずかしさから涙が滲みそうになった次の瞬間、腕を引かれたイルカはカカシの腕の中に囚われていた。優しい色を湛えた深蒼の瞳がイルカを見下ろしてくる。 「・・・イルカ先生に初めてキスされた」 カカシの口から改めてそう告げられてしまい、イルカはその顔をかぁと羞恥に染めた。 「その、カカシさんの誕生日なのに、あまりお祝い出来てないなと思って・・・っ」 見つめてくるカカシから視線を逸らしながらそう告げる。すると。 「そんな事はありませんよ」 ふと笑う気配と共に、イルカの頬にカカシの優しい口付けが降ってきた。 「今日一日、あなたがオレの事で頭をいっぱいにしてくれた。それだけでも充分嬉しいプレゼントだったのに、あなたときたら・・・」 そう言ったカカシが、イルカの首筋に顔を埋め、きつく抱き締めてくる。 「幸せ過ぎてどうしよ・・・」 小さな声でそう告げられたイルカは、嬉しさからその顔にふと笑みを浮かべていた。 「誕生日なんですから、いっぱい幸せになっていいんです」 そう言いながらカカシの背に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。そうして。 「お誕生日おめでとうございます。カカシさん」 もう何度も告げた祝いの言葉を再び告げると、カカシの顔がゆっくりと上がり、優しい笑みがイルカへと向けられた。再度口付けが降ってくる。 「ありがと、イルカ先生」 初めての時とは違い、深く長いキス。 その合間に告げられたその言葉は、祝う立場であるイルカまで幸せにしてくれた。 |