タバコ味のキス 帰宅したカカシが居間に腰を落ち着けてすぐ、イルカからキスをせがまれた。 『せがまれた』と言うのは少々語弊があるかもしれない。イルカはただ、何気ない会話の合間にカカシへ熱い視線を送っただけなのだから。 「ん・・・っ、ぁふ・・・っ」 ここ最近、珍しい事にキスの主導権はイルカが握っている。 仕掛けるのもイルカからが殆どだ。先ほどのように少々潤んだ瞳で見つめられれば、イルカの望みに気付かない程愚鈍ではないカカシがそれに応えるのに時間は掛からない。すぐにちゅっと軽い口付けを落とし、至近距離から深くしても良いかと視線で訊ねる。 普段なら恥ずかしそうにふぃと視線を逸らすイルカだが、ここ最近は逸らされる事が滅多に無い。それどころか、もっとと言わんばかりにじぃっと見つめられたり、アンダーの裾を握られたりする。 最初は欲求不満なのだろうかと思ったが、カカシがイルカを欲求不満などにさせるはずがない。むしろ、ここ最近頻発している愛しいイルカからのキスの誘いに、調子に乗り過ぎてそのまま押し倒す事が多く、手加減して貰わないと身体が持たないとイルカから叱られてしまったくらいだ。 (欲求不満じゃないなら何だろうねぇ・・・) 薄っすらと開けたままのカカシの視線の先。胡坐を掻いたカカシの膝の上に乗り、どこか必死な表情でカカシの舌先を吸っていたイルカが、ようやく満足したのだろう。ちゅっと軽い水音を立てて口付けを解く。 そのままカカシの肩口に額を当て、乱れた息を整えるイルカの背を撫でるカカシは、このまま押し倒したい衝動を抑えながら、その首を小さく傾げていた。 イルカからのキスの誘いも不思議だが、口付けを解いた時、イルカが決まってホッとしたような安堵の表情を浮かべるのも不思議だ。 何かが不安で、それを解消させる為の方法がカカシとのキスなのだろうとは思うのだが、イルカを不安にさせている原因がカカシには思い当たらず困惑してしまう。 イルカが不安に思う事としてまず、カカシに割り当てられる事の多い、少々難しい高ランク任務が思い浮かぶ。 (任務は入ってるけど・・・) 確かに、少し期間の長い任務に就く予定がカカシにはある。 あるにはあるが、それは今回が初めてというわけではない。もっと長い任務に就いた事だって、もっと難しい任務に就いた事だってある。 イルカとは長い付き合いになってきたが、今までにこんな事は一度も無く、任務が原因だとはどうしても思えないのだ。 「・・・ねぇ、イルカ先生。何か不安なコトがあるの?最近、キスが多い」 任務に就く前にイルカの不安を取り除いておきたい。 そう思ったカカシが思い切ってそう小さく問い掛けてみると、ゆっくりと顔を上げたイルカは何故か、少々困惑した表情を浮かべていた。 「・・・その・・・、不安っていう程のものじゃないんですけど・・・」 そう切り出したイルカから小さな声で自信無さ気に告げられたのは、気のせいかもしれないが、ここ最近、カカシからほんの僅かだが煙草の匂いがするというものだった。 それを聞いたカカシの深蒼の瞳が僅かに見開かれる。 カカシに煙草を吸った覚えはない。けれど、カカシから香るという煙草の匂いに心当たりならある。 今回就く任務の打ち合わせをする際、煙草を吸う人間―――アスマが側に居るのだ。けれど、忍服や髪に付いた煙草の匂いは匂い消しの薬草で消し、きちんと消えているはずだ。 現にカカシは、自らの身体にまだ染み付いているらしい煙草の匂いに気付いていない。忍犬並みの鼻を持つカカシでも気付かないくらい微かな匂いであるはずなのに、それに気付いたイルカに驚いた。 「・・・じゃあ、普段タバコを吸わないオレがタバコを吸ったんじゃないかって心配で、キスで確かめてたってコト?」 「いえ、そうじゃなくて・・・」 自らの胸の内にある不安の原因を探っていたのだろう。僅かに考え込んでいたイルカが、カカシの更なる問い掛けに小さく首を振る。 「・・・多分、匂いがいつもと少し違ってて、それが気になっているんだと思います」 「匂い?って・・・オレの?」 思わず零れた確認の言葉に、イルカが躊躇いながらもこくんと頷く。 カカシが確認したくなるのも当然だろう。元々体臭の薄い方ではあるが、これでも上忍であるからして、今のカカシの体臭は全くと言って良いほどしない。そのカカシの体臭が、ほんの僅か香る煙草の匂いで少し変わっている事にイルカは不安を覚えているのだと言う。 (それって・・・) イルカは本能に近い部分でカカシのほんの僅かな体臭の違いに気付き、不安を感じているという事なのだろう。 そうしてイルカは、何故不安になるのか自分でも良く理解していないながらも、カカシに口付ければその不安を取り除く事が出来ると気付いた。 自覚が全く無いようだが、イルカのこれは嫉妬だ。 ほんの僅か香る煙草の匂いのせいで、カカシの匂いがいつもと違うとイルカは嫉妬している。 ここ最近続いていたイルカからの積極的なキスの理由をそう理解した途端、カカシの口元に小さく笑みが浮かんだ。 共に在る時間が長くなってきたからだろう。ほんの僅かな違いでも不安を覚えるくらい、イルカの中に深く根付いているらしい自分の存在が嬉しい。そして。 (かわいい・・・) 無自覚なのだろうが、カカシに口付ける事で懸命に不安を取り除こうとしていたらしいイルカが壮絶に可愛らしい。 膝の上に乗せたままだったイルカの腰に腕を回したカカシは、高い位置から見下ろしてくるイルカをそっと見上げた。 「・・・オレからいつもと違う匂いがして不安になっちゃってたの?」 小さく首を傾げてそう訊ねてみると、やはり正解だったのだろう。だが、カカシに言われてようやく自覚したのか、漆黒の瞳を大きく見開くイルカの顔がボンッと真っ赤に染まった。 「タバコの匂いに嫉妬してくれてたってコト?」 「し・・・っ!そ、そんな訳無いじゃないですか・・・っ」 嬉しさから緩みそうになる頬を懸命に抑え、更にそう小さく訊ねると、真っ赤に染まる顔をふぃと逸らしたイルカから、嫉妬ではないと完全否定されてしまう。 「でも、オレとキスすると安心するんでしょ?」 「う・・・っ」 そんなイルカに小さく苦笑しながらそう指摘してみると、どうやらこれも正解だったらしい。それを聞いたイルカが呻く。 「オレとキスしないと不安なんですよね?」 苦笑を深め、逃げられないようイルカの視線を追って身体を倒してみる。すると、カカシの頬が盛大に緩んでいる事に気付いたのか、イルカがむぅと悔しそうな表情を浮かべた。 「そんな顔しないの、イルカ先生」 ふと目元を緩めながら首を伸ばし、僅かに膨れたイルカの頬にそっと口付ける。 「・・・嫉妬してくれて凄く嬉しい」 囁くようにそう続けたカカシは、イルカの身体をきつく抱き締めた。目の前にあるイルカの胸元に顔を埋め、イルカのどきどきと高鳴っている鼓動に小さく笑みを浮かべる。 「タバコの匂いはアスマが原因ですよ。任務の打ち合わせする時に付いちゃうんです」 小さくそう告げると、苦笑したのだろう。イルカの胸元が微かに揺れた。 「・・・そうだろうとは思ったんですけど・・・」 聞こえてきたイルカの照れ臭そうなその声と同時に、暖かな手がカカシの後ろ髪に添えられる。 「・・・俺、カカシさんから他の誰かの匂いがするのが嫌だった・・・みたい、です・・・」 徐々に小さくなる声で告げられたイルカの言葉。それを聞いたカカシの深蒼の瞳が大きく見開かれ、続いて、愛しさから切なく眇められる。 (あぁそれで・・・) イルカがいつになく積極的だったのも、口では駄目だと言いながら毎日のようにカカシを受け入れてくれたのも、カカシに付いた他の誰かの匂いを自分の匂いで消したかったから。 ゆっくりと顔を上げてみると、滅多に見せない独占欲を晒して少々不安になったのだろう。嫌いになりましたか?と言わんばかりの表情を浮かべるイルカと視線がぶつかり苦笑する。 「・・・オレもタバコ臭いのイヤだから、今日もイルカ先生の匂いに変えていい・・・?」 小さく首を傾げてそうお伺いしてみる。 すると、嬉しそうな笑みを小さく浮かべるイルカは一つ頷き、拙いながらも、カカシの下肢を直撃するような積極的なキスを再び仕掛けてくれた。 |