fragrance 1




高速をひた走る車内にゆるりと紫煙が漂う。
(量が増えてきたな・・・)
それを視界の隅に捕らえながら、直江は今日口にした煙草の数を数えて苦笑した。
煙草は以前から吸ってはいたが、気分転換や付き合いで吸う事が多かったのが、ここ最近は何かと箱に手が伸びる。今日も1箱は既に消費していた。
(口寂しい・・・いや、違うな・・・)
煙草が欲しいと思うのは、大抵彼の事が頭に浮かんだ時だ。
「高耶さん・・・」
彼の名を呼べない事が、これ程自分にとって苦痛になるとは思ってもいなかった。


高耶と最後に逢ったのは、2週間ほど前になる。
どうしても外せない接待で遅くなり深夜に帰宅した直江を、遅くなるから先に寝ていて下さいと連絡しておいたのにも関わらず、起きて待っていてくれた高耶が「お帰り」とぶっきらぼうに出迎えてくれた。
「ただいま帰りました」
今日はもう逢えないだろうと思っていただけに起きて待っていてくれた事が嬉しくて笑みが零れる。
微笑む直江に「夜食あるから」と素っ気無く言って、背を向けてリビングへと戻ろうとした高耶は直江が愛用しているエゴイストの香りとは違う甘い香りに気づいた。
(女物の香水・・・?)
接待だと言っていたから、きっとその時に移ったのだろう。気にはなったが、仕事だから仕方のない事だと割り切ってキッチンに入った。
接待の時は相手に気を使って食べる事を忘れる直江の為に、翌日に響かないような夜食を作っておいた。豆腐と大根の味噌汁に小さ目のお握り、それに今日の高耶の夕飯の残りの五目煮。それらを温め直してダイニングに運ぶと、着替える為に寝室へ行った直江を呼んだ。
「直江、メシ出来たぞ」
呼ぶが、応えが無い。もしかすると寝てしまったのかもしれない、そう思った高耶は寝てるのなら起こさないようにと寝室のドアを小さく開け中を覗いた。
寝ているかと思われた直江はドアに背を向けてベッドに座り携帯で誰かと会話していた。
イライラした様子で足を無造作に組む。
(直江・・・?)
ドアの隙間から覗く高耶の気配にも気が付かない様子で、携帯の相手に険のある声を出す。
「その件は今日きっぱりとお断りしたはずですよ兄さん」
直江の兄とは高耶も何度か逢った事があるが、気さくな良い人で直江にどことなく雰囲気が似ているせいか、人見知りの激しい高耶もすぐに懐いた人物だ。
その兄との会話を立ち聞きしては悪いと思った高耶は、電話が終わるまでリビングで待とうとドアを閉めようとした。
「・・・ですから。結婚なんてしません」
(・・・結婚?)
閉める前に聞こえてきた直江の言葉に、高耶は動きを止めた。今日断ったという事は、接待とはお見合いだったのだろうか。先程の甘い香水の女がその相手・・・?
「そちらの都合は私には関係の無い事です。私を巻き込まないで下さい」
そう言い捨てると、直江は携帯を切りベッドの上に放った。溜息をついて少しセットの崩れた髪に片手を入れかき回す。
疲れた様子の直江に、高耶はここに来た目的を思い出しドアをコンコンと叩いて声をかけた。
「直江、メシ出来たけど」
「・・・あぁ、ありがとうございます」
振り返り座ったまま応える直江に近づくと、いつもはセットされてる髪が顔に掛かり、少し隠れた瞳を覗き込む。
「・・・お前、結婚の話があるのか?」
不安そうな顔で聞く高耶に、直江は、
「あなたがいるのに結婚なんてしませんよ」
と安心させるように笑みを浮かべた。









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