fragrance 2 その次の日から高耶と連絡が取れなくなった。 家にも帰ってこないし携帯も繋がらない。彼の実家にも電話してみたが妹の美弥は何も知らない様子だった。譲や千秋、綾子にも連絡したが、高耶の居場所は知れなかった。ただ、直江の兄である照弘の話から高耶が照弘に連絡を取っている様子が伺えた。 (どこにいるんですか、高耶さん) 照弘に高耶の居場所を聞くために車を宇都宮へと走らせながら、直江は高耶へと思いを馳せた。 「お帰り、義明」 宇都宮にある実家の寺の境内に車を停め、降りてきた直江に長兄の照弘が声をかけた。 「高耶さんはどこですか」 挨拶もせずに本題に入る直江に、照弘は溜息を零した。質問には答えずに踵を返し母屋へと向かう照弘の後を、直江が追う。 「兄さんッ」 声を荒げる直江を照弘は「まあまあ」と宥めながら母屋に上がると、父の書斎へと入った。照弘に続いて書斎に入った直江の目に飛び込んで来たのは、ソファで直江の父と談笑している2週間ぶりに見る高耶の姿だった。 「・・・高耶・・・さん・・・?」 高耶を驚いたような顔で見つめる直江に、高耶は泣きそうな顔をすると「照弘さん・・・」と縋るような目を向けた。 「すまないね、高耶くん。義明がしつこくてね」 もう隠しておけないかと思って、と照弘は高耶に苦笑した。 「どういうことですか」 照弘のその台詞に、直江は詰め寄った。 高耶がこんな所にいたなんて灯台下暗しだ。ここにはいないだろうと思っていただけに、その衝撃は大きかった。 「言葉通りだ。ここで高耶くんを匿ってたんだ。お前から離れたいと言う高耶くんをね」 直江は言葉をなくした。 高耶が自分から離れたいと言った? 信じられなかった。高耶と自分は2週間前まで上手くいっていた。喧嘩もしていないのに、離れたいだなんて。 「・・・それは本当ですか、高耶さん」 2週間ぶりに呼ぶ彼の名なのに。愛情よりも今は猜疑心の方が強い。自然と低くなる声に、呼ばれた高耶はびくりと体を震わせた。 「本当かと聞いているんです!」 早く違うと言って欲しい。高耶の口から「そんな事はない」と聞かせて欲しい。再度尋ねた直江はそう願った。しかし。 「・・・その通りだ」 直江にしっかりと瞳を合わせた高耶が発したのは短い肯定の言葉だった。 「・・・ッ」 咄嗟に高耶の腕を掴んで書斎を出ると、まだ残されている自室へと向かう。後ろで照弘と父が叫ぶ声がするが、直江の耳には入らなかった。 「どういう事ですか」 自室に高耶を押し込み鍵を掛けると、少し離れた場所でこちらに背を向けて立つ高耶に問い質した。 高耶は直江に掴まれていた腕を手で押さえ少し俯いている。 「・・・どうもこうも」 微かに笑う気配がする。 「もうお前には飽きたんだよ」 高耶は直江に背を向けたまま辛辣な言葉を投げかける。直江は何も言わず、その背中を真実を探るようにじっと見つめた。言葉を返さない直江に、高耶はさらに続けた。 「飽き飽きしてたところに、お前に結婚話が出ただろ?ちょうどいいと思ったんだよ。離れるには。でも、お前はオレを手放さない。だから、話を持ってきたお前の兄さんに匿ってもらうよう頼んだんだ。お前から離れたいって」 高耶はそこまで一気に告げると黙り込む。 「・・・言いたい事はそれだけですか」 「・・・ッ」 すぐ後ろで聞こえた直江の声に、咄嗟に高耶は離れようとした。直江はその腕を軽々と捉えると捻り上げる。 「つぅッ・・・・・・放、せッ」 「離しませんよ。俺から離れられると思っているんですか?」 言いながら暴れる高耶を腕に抱き込むとその肩に顔を埋めた。久しぶりに感じる直江の感触とエゴイストの香りに暴れていた高耶が次第に大人しくなる。 「あなたのことだから、自ら身を引こうと思ったんでしょうが・・・。俺はあなたを手放すつもりはないし、あなたも俺からは離れられない」 直江はそうはっきりと断言すると、そうでしょう?と高耶の耳に囁いた。 高耶はその言葉を「・・・ダメだ」と苦痛を滲ませた声で否定した。 「それじゃダメなんだ直江。お前は家族に愛されてる。結婚して子供を作った方がいい」 「あなたと引き換えにしなきゃいけないものなら、必要ない」 高耶を手放すくらいなら家族を捨てるという直江に、高耶は反発した。 「そんな簡単に・・・!」 身を捩って振り返り、怒鳴りつけようとした高耶の目に悲しげな眼をした直江が映る。 「あ・・・」 「例えあなたでも・・・、俺からあなたを奪わないで・・・」 搾り出すように言う直江に高耶はもう何も言う事が出来なかった。 俯いた高耶の顎を捉え上向かせると、直江はそっと唇を寄せた。 Copyright © ぞら様 |