fragrance 3 照弘の気配が完全に離れるまで2人はしばらくドアに顔を向けたままじっと動かなかった。 「・・・どけ。重い」 完全に気配が消えたのを確認して溜息をついた高耶が、圧し掛かる直江の体を押し退けながら言う。仕方なく、直江は体を起こした。 高耶に手を差し出し助け起こすと、ベッドに座らせてその足元に膝をついた。肌蹴たシャツを合わせ、自分が外したボタンを留めていく。 「・・・俺は、誰に何を言われようとあなたを手放すつもりはありませんよ」 直江はシャツのボタンを留めながら、顔を上げずに言った。頑なな表情を浮かべた直江を、高耶は見つめた。 高耶しか要らない、直江がそう言うだろう事は分かっていたのに何故離れようだなんて思ってしまったのだろう。高耶とて、直江から離れて平気なはずなかったのに。それは、2週間離れてみてよく分かった。 「もう分かったから」 高耶は直江の頬に手を伸ばし撫でた。 「オレが悪かった。もう自分を誤魔化さないし、お前も手放さない。・・・それでいいんだろ?」 「・・・ありがとうございます」 その言葉に、直江はやっと顔を上げ安心したように微笑むと頬を撫でる高耶の手に自らの手を重ねた。 みんなを説得しなきゃな、と眉間に皺を寄せる高耶に、直江は「私が説得しますよ」と言った。口下手な高耶よりも、直江の方がうまく説得出来るだろう。 直江の自室を出た2人は、書斎へと歩き出す。 「でも、何て言うつもりなんだ?」 綺麗に整えられた庭に面した廊下を並んで歩きながら、高耶は不安そうに聞いた。 「ありのままを言いますよ」 嘘はつきたくないでしょう?と言って笑った直江に、高耶もまた、そうだな、と微かに笑った。 父の書斎では、父と照弘が1人掛けのソファでそれぞれお茶を飲みながら2人を待っていた。 「ようやく来たか」 待ちくたびれたぞ、と言う父に「すみません」と言うと、直江は高耶を2人掛けのソファに座らせ、自分もその隣に座った。照弘が立ち上がり、2人にもお茶を入れてくれる。 「それで・・・お話って何ですか?」 硬い表情でさっそく切り出した高耶に、ソファに戻った照弘は苦笑した。 「そんなに堅苦しくならないでいいよ。何も取って食おうなんて思っちゃいない」 「兄さん、茶化さないで下さい」 横から直江が口を挟む。 「父さんと兄さんが言いたい事は分かりますが、私は結婚するつもりは更々ありません」 父と照弘の目を見つめ、はっきりと言い切った直江に2人は盛大な溜息をついた。 「・・・そうだろうな」 「だから言ったじゃないですか、こうなるって」 がくりと肩を落とした父に、照弘は渋面を向けた。 「・・・どういう事ですか?」 状況が飲み込めない高耶が2人に尋ねると、照弘が口を開いた。 「2人の事は私達家族も理解しているし、義明をここまで更生させてくれた高耶くんには本当に感謝している」 それなのに、と言うとソファで小さくなっている父をちらりと見遣り、続けた。 「父が見合い話を断れなかったんだ。1度だけ会わせれば体面が保てると言うから接待だと偽って会わせてみれば、向こうが乗り気になってしまってね」 そこまで言うと、照弘は高耶に向き直った。 「高耶くんには、辛い思いをさせてしまって申し訳ないと思っている」 この通りだ、と頭を下げて見せた照弘に高耶は慌てた。 「そんな・・・!やめて下さい、照弘さん」 ゆっくりと頭を上げた照弘は、 「高耶くんが『匿ってくれ』とうちに来てから2週間、高耶くんがどんどん落ち込んでいくのを見るのは私達も辛かったよ・・・」 と言うと高耶にすまなかった、と再度謝った。 「それなら、どうしてすぐに私に教えてくれなかったんですか。連絡してくれればすぐにでも迎えに来たのに」 横からそう口を挟んだ直江に、照弘はニヤリと人の悪そうな笑顔を浮かべた。 「私達だって高耶くんが大好きなんだぞ?それなのに、ここになかなか連れて来ないで、いつも高耶くんを独り占めしているお前に灸を据えようと思ってな」 家族の高耶に対する可愛がり様は知っている。ここに連れて来たら最後、高耶を奪われてしまうことは分かりきっているから連れて来たくないのだ。 思い切り眉間に皺を寄せた直江を見て、高耶は苦笑した。 「それで?見合い話は断ったんでしょうね」 直江が父を睨みながら尋ねると、 「もちろん。お前に断られてすぐに、先方には断りを入れたよ」 項垂れる父の代わりに照弘が笑って言った。 |