夜行バス 遠距離恋愛なんてするもんじゃない。 なかなか会えないし、会いに行くにしても、来るにしても金が掛かる。 電話すると、会えない分長電話になって金が掛かる。 会いに来ると、ホテルに泊まるヤツがいるから金が掛かる。 たまにしか会えないんですからとか言って、会うたびにプレゼントなんて金の掛かるものを用意するヤツがいる。 (つまりは金が掛かるって一言に集約されるんだけどな) 学校帰りにマックに寄り、その二階の窓から外を眺めて、ポテトを齧りながらそんな事を高耶が考えていると。 「・・・何考えてるのさ」 目の前の譲がじっとりとした視線を向けてきた。 「・・・別に」 「どうせ直江さんの事でしょ」 「ちが・・・ッ」 図星を指されて慌てて否定しようとした高耶に、譲が盛大に溜息を吐いてみせる。 「いいよ?どうせ高耶は目の前の友達よりも、遠くにいる直江さんなんだろうし?」 ちょっと悲しそうな表情を見せる譲のその後ろに、先端が三角に尖った尻尾が揺れて見えるのは気のせいだろうか。 (いや、気のせいじゃねぇな・・・) ちらと視線を寄こしてくる譲のその瞳に、面白がるような色を見つけた高耶は、こちらも盛大に溜息を吐いて見せた。 「・・・仕方ねぇだろ?もう何日会ってねえと思ってんだよ」 観念してちょっと唇を尖らせながら、そう正直に言ってみると。 「うわー・・・。高耶がすっごく可愛く見える」 と、お前の方が可愛いだろというくらいキラキラした表情で譲が身を乗り出してきて。 「ば・・・ッ」 馬っ鹿じゃねえか!?と叫ぼうとした所で、周りの客が何事かと高耶に視線を向け、目の前の譲がニヤニヤと笑みを浮かべているのに気が付いて、高耶はぷしゅうと真っ赤になって、立ち上がりかけた体を再び椅子へと沈めた。 「素直じゃないよねぇ。オレがいいって言うまで会いに来んな!とか言っちゃったんでしょ?ちゃんと理由も言わずに。んで、直江さんがその通りに会いに来なくなっちゃったら淋しいんだ?」 譲のその言葉に、ぐっと高耶は詰まった。その通り過ぎて何も言い返せない。 直江に会いに来るなと言ってしまった。 現在、遠距離恋愛中の二人が会うには、高耶が東京へ行くか、直江が松本まで来てくれるかなのだが。 車を持っている直江の方が、何かと理由をつけて会いに来る回数が多い。 仕事が忙しい直江に、そんなに頻繁に来られたら体調を崩しそうで心配だった。 それに、高速代、ガソリン代、ホテル代、プレゼント代と、直江が高耶に使う金額も大きくて。 「お前、オレがいいって言うまでもう会いに来るな」 数ヶ月前、ちょっと淋しそうな笑みを浮かべながら「またすぐに会いに来ますね」と言った直江に、高耶はそう告げた。 もう車に乗り込んでいた直江が、車内から見上げてくる。少し眉間に皺を寄せて。 「どうして?」 「どうしても」 「・・・それじゃ分かりませんよ。私が何かあなたの気に障る事でもしましたか?それとも、・・・もう俺の事が嫌いになった?もう必要ない?」 高耶を見つめてくる直江の、その表情を見た高耶がぐっと詰まる。 (なんでそんな泣きそうなんだよ・・・っ) ふいと顔を逸らして、「そうじゃない」とは言ったものの、正直に理由を言っても多分直江はやってくるだろうから。 「とにかく。オレがいいって言うまで会いに来るな」 そう言い捨てて、高耶の名を焦ったように呼ぶ直江の声を背後に聞きながら、高耶はその場を後にした。 その日以来、どれだけ高耶が怒っていても会いに来るのを止めた事のないあの直江が、本当にパタリと会いに来なくなった。 (ホントに来なくなるとは思わなかった・・・) すぐにでも泣き言を言ってくるだろうと思っていたのに、普通に毎日電話してきて、普通にしょっちゅうメールしてきて、それでも直江は会いたいとは言わない。 多分、高耶が会いにきていいと言うのを、内心はぐずぐず言いながらも、それは表に出さずに忠犬宜しく待っている。 直江はそういう男だ。 分かっている。 高耶が一言、「会いに来い」と言えば、直江は嬉しそうな笑みを浮かべて、すぐにでもやってくるのに違いない。 だけど。 (今更言えるか・・・っ) もう一ヶ月以上も会ってなくて、今更会いに来いとは言いづらい。 会いに来て欲しいなんて口には出さないくせに、直江が自分からやって来るのをイライラしながら待っている。 そんな自分は嫌だと思うが、でも、高耶のプライドが会いたいと言うのを許さない。 ぐぐぐと両拳を握り締め、呻る高耶を呆れたように譲が見遣る。 「ほんっと、素直じゃないよね」 「・・・うるせえ」 「会いたいって言えないなら、自分から会いに行けばいいだろ?バイト、直江さんが来ないからっていっぱい入れてたんだから、金ならあるんでしょ?」 譲の言葉にこくんと頷いた。 直江が来ないからと、休日にも思いっきりバイトしていたおかげで、金ならある。 だけど。 「・・・今更・・・」 今更どんな顔をして会いに行けというのだ。 いいって言うまで来るなと言ったのに、自分からなんて会いに行けない。 会いに行くのが怖い。 こんなに会わなかった事がなかったから、会いに行って迷惑そうな顔をされたらどうしようと思っている。 俯いてしまった高耶に、譲がはぁと溜息を吐く。 「あー、もうっ。グジグジ悩んでる高耶って、かなりうっとおしいっ!だからこれ、あげるから!」 直江さんとさっさと仲直りしておいで! そう言った譲に差し出されたのは、東京発、仙台行きの夜行バスチケットが二枚。 「これ・・・」 「いい?これは口実だよ?使う使わないは高耶の自由。夜行バスのチケットを貰って、もったいないからって理由で会いに行く。・・・これがあれば会いに行けるだろ?」 譲のその言葉に、高耶は危うく泣きそうになった。 「ゆずるー・・・」 「はいはい。お礼なら東京バナナでいいから。ホントに仙台行ったら、牛タンも宜しく。直江さんなら高いの買ってくれるでしょ?」 チケット代、それでチャラね? 笑みを浮かべてそんな事を言う親友に、高耶は本当に泣きそうになりながら頷いた。 せっかく譲が背中を押してくれたのだ。 東京へ行って直江と会って仲直りをして。 そして仙台へ行こう。 仙台に行って、一番高い牛タンをお土産に買って、そして、東京バナナも買って帰ってこよう。 「譲・・・ありがとう」 礼を言った高耶に、譲は、恥ずかしそうに笑ってくれた。 その週末明けの月曜日の朝。 牛タン、東京バナナ、さらには宇都宮餃子まで大量に土産に持たされて、上機嫌な直江が運転する車で学校へと送り届けられる、かなり不貞腐れたような顔をした高耶の姿があった。 |