偉そうに






それに気づいたのは、高耶と一緒に朝食を食べている時だった。
直江の眉間に皺が寄る。
「・・・それ、どうしたんですか?」
「何?」
「手、ですよ」
高耶の手を指差す直江に、食べ終わり「ごちそうさん」と箸を置いた高耶が、指差された手をひらひらと振ってみせる。
「あぁ、これか」
「どうしてそんなに荒れてるんですか」
「どうもしねえよ。気にすんな」
そう言って立ち上がり、食後のお茶を準備する為だろうキッチンへと向かう高耶を見ながら、
「ひび割れて血が滲んでるのに、どうもしないなんて事はないでしょう?どうしてそこまで荒れてるんですか」
キッチンへと消えた高耶へと、少し声を張り上げてそう訊ねると。
「仕方ねえだろ?この季節は乾燥するし、温水使うから手が荒れやすいんだよ」
こちらも、これまた少し張った高耶の声が、湯を沸かす準備をしている音に混ざって聞こえてきた。
その声は少しだけ機嫌が悪そう。
(でもきちんと手入れしていれば・・・)
そこまで考えて、高耶の事だからいちいちクリームを塗るのが面倒だという理由で、手入れをしていない事が容易に想像できてしまい、直江の眉間の皺がさらに深くなる。
あそこまで荒れてしまうと、痒かったり痛かったりするのではないだろうか。
家事を一手に引き受けてくれている高耶の手が、あんなにも荒れてしまっていると、家事能力が全くなくて少しも手伝ってやれない直江としては、心苦しくて仕方ない。
手伝いたくても、逆に高耶の仕事を増やしてしまう事が分かりきっているから、何も出来なくて。
自分でも出来る事が何かないかと少し考えて、そうだ、と思いついたのがクリームを塗ってあげる事だった。


「高耶さん」
キッチンで洗い物をしていた高耶がそこから出てきた所で、リビングのソファに座り本を読みながら終わるのを待っていた直江は、読んでいた本を閉じ声を掛けた。
何だよ、という顔をしている高耶にこいこいと手招きする。
不審そうな顔をしながらも、素直に近寄ってきた高耶に手を差し出す。
「手、ちょっと貸して下さい」
「何で」
「いいから」
何かを警戒しているらしい高耶に、何もしませんよと苦笑して。
恐々と差し出された高耶の手を取り隣に座らせると、直江はテーブルの下から小さな入れ物を取り出した。
「何だそれ?」
「ハンドクリームです。塗ってあげますからじっとしてて」
直江のその言葉に、何をされるのかと警戒していた高耶が、ちょっとだけ嬉しそうな顔をする。
それに笑みを浮かべながら蓋を開けると、乳白色のクリームをたっぷりと掬い取って、高耶の荒れてガサガサになってしまっている手に塗り込め始めた。
「それにしても、凄い荒れようですね。痒かったり痛かったりしないんですか?」
「まぁ、少しはな」
その言葉は嘘なのだろう。
クリームを塗ると、沁みるのか高耶が顔を少しだけ顰めるから。
「でも、そんな事言ってたら何も出来ないだろうが」
「・・・すみません。私が何か少しでもお手伝いできればいいんですが・・・」
「お前は何もしないのが手伝いなんだよ」
その言葉に直江がしゅんとうな垂れたのを見て、高耶が苦笑する。
「コレ、やってくれるだけでも充分だ。ありがとな」
そう言って目を細める高耶を見て、自分でも手伝える事が出来たのが嬉しくて。
それからというもの、直江は高耶が水を使うたび、クリームを高耶の手にしっかりと塗り込めるようになった。

それからしばらくして。
「ずいぶん良くなってきましたね」
クリームを塗る直江の手に伝わる高耶の手の感触が、以前のガサガサから、カサカサ程度に良くなってきた。
「お前がすっげえこまめにクリーム塗るからな。ホント、お前ってマメだよなぁ」
手だけ直江に差し出して、顔はテレビを見ている高耶が頬杖をついてそんな事を言ってくる。
「高耶さんが塗らないからですよ。こうやってきちんと塗っていれば、こんなに荒れる事もないのに」
高耶の手の甲にクリームを塗りながらそう言うと。
「お前が塗ってくれるんだから、オレが塗らなくてもいいだろ?」
チラと視線を寄こした高耶が、ニヤと笑ってそう言って。
「これからも、オレの手の管理はお前の仕事だ。せいぜい頑張ってくれ」
そんな事を偉そうに言ってくる。
「それはそれは。この手がしっとり艶々になるまで頑張らせて頂きます」
握っている高耶の手を、恭しく掲げてそう言って。
ぷっと高耶が噴出したのを機に、直江も笑みを浮かべると、再びその手にしっかりとクリームを塗り込めたのだった。