愛妻弁当 現在直江が勤めている所は、兄である照弘が経営する不動産会社の東京支部である。 肩書きは副支部長。 大層な肩書きではあるが、実際のところ、照弘の東京での監視係と言った方が正しい。 何かと理由をつけては上京してくる照弘は、ふらふらと遊び歩くのが趣味で。 社長が捕まらない時、社員が泣くつく先が直江、だったりする。 「兄さん・・・!」 照弘の馴染みの店を何件も回り、お気に入りの女将のいる料亭の一室でやっと見つけた照弘を、直江が睨みつけると。 「あちゃー、見つかった」 女将と談笑しながら、午前中だというのに酒を飲んでいたらしい照弘は、酔っているのかペロリと舌を出して見せた。 「見つかったじゃありませんよ。何件回ったと思ってるんですか。携帯の電源まで切ることないでしょう?」 おかげで見つけるのに苦労しましたよ。 眉間に皺を寄せている直江に、苦笑しながら頭を下げてくる女将に軽く会釈して返して。ヘラと笑っている照弘に、厳しい表情を向ける。 気を利かせてくれたのか、女将がそっと部屋を出るのを見送って。 「社員がまた私に泣きついてきましたよ。今日までに契約書にサインを頂かないといけないのに、社長が捕まりませんって」 さっそく小言を口にする直江に、照弘は苦笑しながらすまんと素直に謝って見せた。 「もうそろそろ戻ろうと思ってたところだ。お詫びに飯、奢るから。昼飯まだだろ?」 一緒に食おう。 テーブルに置かれた品書きを取りながらそう言った照弘に、直江は結構ですと辞退する言葉を口にした。 「なんだ?約束でもあるのか?」 「はい。今日は高耶さんと一緒に食べる予定になってるんですよ。早く戻らないと、高耶さんとの約束の時間に遅れてしまいます。社長も早く社へお戻りになって、契約をきちんと済ませてからお昼になさって下さい」 社までお送り致しますよ、社長。 照弘の手から品書きをひょいと取り上げ、笑みすら浮かべてそう言ってのけた直江に、照弘がはぁと盛大にため息を吐いた。 契約書にサインする前にはしっかりチェックを入れる照弘だから、これからそれをするとなると昼食を食べ損ねることは目に見えている。 それを知っていてわざとそう言う直江に、照弘が恨めしげな視線を向けてくる。 「おまえって、時々身内にも辛辣だよな・・・。高耶くんに教えてあげたいよ」 「あぁ、あの人は知ってますよ。俺が高耶さん以外には厳しいという事くらい」 照弘のカードで会計を済ませた直江はしれっとそう言うと、出たがらない照弘を引き摺ってそこを後にした。 秋も深まり、だいぶ寒くなってきたと言っても、今日は風もなく日差しもポカポカと暖かい。 「高耶さん」 約束の時間に少し遅れて、高耶と待ち合わせたこの辺りでは一番大きな公園へと向かうと、高耶は既にベンチに座って、少し手持ち無沙汰な様子で直江を待っていた。 直江の声に気づいた高耶が、少し恥ずかしそうによぉと片手を上げてみせる。 「すみません、お待たせして。ちょっと社の方でゴタゴタがありまして・・・。寒くなかったですか?」 せっかく高耶が一緒にランチをと誘ってくれたのに、待たせてしまったのが申し訳ない。見上げる高耶の頬にそっと触れると、ひんやりと冷たくて。こんなに冷えるほど待たせてしまったのかと眉を顰めた。 「そんな顔すんなって。そんなに待ってねえよ。ここまでバイクで来たから少し冷えただけだ。それに・・・」 そう言った高耶が、膝の上を指差す。 「これがあっためてくれてた」 つられるように高耶の膝に視線を落とすと、そこには、布に包まれた弁当らしきものが二つあって。 「お弁当ですか?」 「そう。オレのお手製。しかも作りたて」 見上げてくる高耶の顔が得意そうに緩む。 それに直江も微笑み返して。 「それは楽しみです。ここで食べてもいいんですが・・・、少し寒いですね」 日差しがあって暖かいとはいえ、外の空気はひんやりと冷たい。 辺りを見回してそう言った直江に、高耶が「あぁ、それなら」と口を開いた。 「さっきお前のお兄さんから電話があって、会社で一緒に食べようって」 「・・・はい?」 「お兄さん、かわいそうに昼飯抜きになりそうなんだろ?初めはランチ誘われたんだけど、オレ弁当だからって断ったら、それなら会社で一緒にどうかって」 助けると思って一緒に食べてくれって言われたぞ? 小さく首を傾げる可愛らしい高耶のその姿に相好を崩しかけた直江だったが、高耶に言われた意味を理解した途端。 (やられた・・・!) 眉間にくっきり皺が寄る。 照弘にしてやられた。 先ほど昼飯抜きだと言った直江に対する仕返しなのだろう、兄には何故かことさら甘い高耶を使われた。 ギリ、と歯軋りでもしそうな表情で会社の方向を睨む直江に、高耶が恐る恐る声を掛けてくる。 「・・・っと、何かマズかったか?」 高耶は悪くない。 悪いとすれば、直江の唯一の弱点である高耶を使って直江に仕返しをする照弘だ。 「大丈夫ですよ」 不安そうな表情で見上げてくる高耶に、よしよしと頭を撫でながら笑みを見せて。 「じゃあ、社の方で食べましょうか。そうだ、美味しいケーキを得意先の方から差し入れで頂いたんです。食後にそれ、食べましょうね」 そう言って、ケーキと聞いて笑みを浮かべる甘いもの大好きな高耶を見つめながら。 (どうしてくれよう・・・) 愛する高耶との、愛妻弁当ランチを邪魔された直江の頭の中は、照弘への復讐心でいっぱいだった。 |