クラクション






雨が降りしきる中、車で家に帰る途中。
ハンドルを握る直江の視界を遮っていたたくさんの水滴を、ワイパーがスイと取り除いてクリアになる。
その視界の隅。
ここからはまだ遠い位置に、見覚えのある傘と後姿を見つけて直江は笑みを浮かべた。
ちょうど高耶と帰宅が重なったようだ。
車を進めながら軽くクラクションを鳴らして、振り返り直江の車に気づいた高耶が笑みを浮かべるのを見ながら、ハザードを出して車を路肩に止める。
助手席の窓を半分ほど開けて、「乗って」と告げ。
「助かった」
そう言いながら、差していた傘を閉じて乗り込んでくる高耶へと笑みを向けた。
「雨脚が急に強くなりましたからね。・・・濡れてしまいましたか」
高耶の足元がずぶ濡れになってしまっているのに気づいた直江が、少し眉を寄せる。
今日のような冷たい雨に濡れてしまったら、高耶の事だからすぐにでも風邪をひいてしまいそうだ。
心配そうな表情を向ける直江に、高耶がため息を吐いて返して、足元をうんざりといった表情で眺める。
「あぁ、靴下までいっちまってる」
「早く帰りましょうね。帰ったら温かいココアを入れてあげますよ」
ギアをドライブに入れ、車を発進させながらそう言った直江を、高耶が少し前に身を乗り出して覗き込んでくる。それにチラと視線を向けると。
「・・・牛乳だけのココア?」
そう訊ねてきた。
牛乳を温めて作るココアは高耶のお気に入りの飲み物だ。
お湯を使って入れるココアよりも、牛乳だけを使って入れるココアの方が好きらしく、牛乳がたくさんあって寒い日は、必ずと言っていいほどそれを直江に強請る。
「・・・牛乳、たくさんありましたっけ?」
「多分あった」
「それなら、あなたのお望みのままに」
視線を前方に向けたまま笑みを浮かべてそう答えた直江に、助手席のシートに身を沈めた高耶が、嬉しそうな笑みを浮かべた気がした。


家に着き手を洗うと、濡れてしまっている高耶に着替えをするようにと言い置いて、直江は着替えもせずに真っ先にキッチンへと向かい、ミクルパンと冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。
たっぷりの牛乳を弱火に掛けている間に、着ていたスーツの上着を脱ぎ、リビングのソファの背に置く。
ネクタイも少し緩めてキッチンへと戻り、確か高耶の好きなお菓子がまだあったなと、ココアと一緒に出す為に棚からそれを出しているうちに、牛乳がほんのりと湯気を上げ始める。
ココアを入れて混ぜながら、高耶のお気に入りのカップを取り出し、お菓子と一緒にトレイへ載せ、出来上がったココアをカップに注いで出来上がりだ。
高耶が着替えてやってくるまでに、我ながら無駄のない手順でココアを入れられた事が出来たと、トレイを持って笑みを浮かべながらリビングへ向かう。
ちょうど、着替えてリビングへとやってきた高耶へ、「出来ましたよ」とトレイを掲げて見せて。
「お。うまそう」
トレイの中を覗き込んで、大好きなお菓子とココアに相好を崩す高耶に、「高耶さん」と声を掛けて、見上げた隙にちゅとキスをして。
「おま・・・っ」
突然のキスに、ガバッと直江から離れた高耶に、
「ココアの駄賃ですよ」
と、直江はそう言って、真っ赤になって睨んでくる高耶に微笑んだ。





落ちも何もない日常・・・。