2014年直江BD 八十八夜 誕生日まであと少し―――。 桜の時期を過ぎた京都は既に初夏を装っていた。 宵の口から軽く始めた酒に少し酔ってしまったのだろう。赤みを帯びた高耶の頬が、部屋の片隅で灯る明かりにほんのりと照らされている。 少し風を入れた方が良いだろうと腕を伸ばし、見事な庭園を切り取って魅せている旅館の窓をほんの少し開ければ、街の喧騒が遠くに聞こえてくる。 日付が変わるまであと少しという時間であるが、今はゴールデンウィーク真っ只中だ。観光客でも賑わっているのだろう京の街が眠りに着く気配は未だに無い。 (昔はもっと静かだったんだがな・・・) 自分の誕生日は高耶と二人きりで静かに迎えたい。 高耶を独占したいが為だけに計画した京都旅行であるが、久しぶりに訪れた京の街は、直江が想像していた以上に活気に溢れていた。 古都京都には遠い遠い昔から縁のある二人だ。 過去には住居を構えていた事もあり、懐かしさからあちらこちらと巡ったのが仇となってしまったのだろう。腕の中に再度捕らえた高耶の目蓋が、今にも落ちてしまいそうになっている。 枕元に置かれた腕時計に目をやれば、直江の誕生日まであと少しだ。 高耶はどうやら、日付が変わるまで起きていようと懸命に努力してくれているらしい。抗い難いだろう眠気に抗ってくれている恋人の姿を見つめる直江は、その鳶色の瞳をふと柔らかく細める。 「・・・眠ってもいいんですよ、高耶さん」 一緒に過ごせるのは今日だけではない。また明日もあるのだ。 目の前にある黒髪に鼻先を埋める直江が小さくそう声を掛けるも、気だるげな仕草で目蓋を擦る高耶は、ゆるりと首を振った。 「もうすこし」 少し擦れた声で小さくそう返され、嬉しさから口元を緩める直江は、高耶を抱く腕の力を強める。 「ありがとうございます」 今日の直江は、もう何度この言葉を高耶に伝えたか知れない。 一緒に旅行に来てくれた。人気の無い所を選びはしたが、照れ屋な高耶に向かって「手を繋いでくれませんか」と言った直江の我侭に、高耶は渋顔ながらも付き合ってくれた。 酒を苦手とする高耶が、直江の晩酌に付き合ってくれた事も嬉しかった。 そして何より―――。 「なおえ」 腕の中から見上げて来る高耶の漆黒の瞳に映っているのが今、自分ただ一人だというこの光景が一番嬉しい。 「たんじょうびおめでと」 もう半分ほど眠りに入っているのかもしれない。高耶には珍しく、少し舌足らずな喋り方で伝えられたその言葉は、直江の相好を崩すのに絶大な効果を持っていた。 「ありがとうございます、高耶さん」 高耶の黒耀のように綺麗な瞳はいつまでも見ていたいが、愛しい愛しいと如実に語る自分の姿を見ていられず、内心苦笑する直江は高耶をそっと抱き寄せる。 「ありがとうございます」 そうして再度告げた直江の、もう何度目になるか分からないその言葉に、腕の中の高耶は肩を小さく揺らす事で応えてくれた。 |