君の定位置





斑は眠る時、夏目の横に小さなその身体を横たえる。
布団の上、定位置となっているそこは時折夏目の腕や足が飛んで来る事があるが、日に良く干されたそれはとても暖かく、概ね快適だ。
斑のその快適な眠りを、今日も今日とて夏目が妨げた。

夏目がうなされている。
悪い夢を見ているのだろう。眉根を強く引き絞り、冷や汗をかいて苦しそうな表情を見せる夏目に、深夜に起こされたという怒りはどこかへ消えた。
「おい、夏目」
爪を立てないよう、ペシペシと頬を柔らかく叩きながら声を掛けると、夏目はハッとしたようにその瞳を開けた。
「・・・悪い夢でも見たか」
「ニャンコ先生か・・・」
微かに荒い息。一つ大きな溜息を吐いている夏目の顔を覗きこむと、夏目は布団を握り締めていた手を伸ばし、額を撫でてきた。少し汗ばんだ手。余程恐ろしい夢だったのだろう。その手が微かに震えている。
「大丈夫だ。・・・起こしてごめんな」
掠れたその声に、僅かに眉根を寄せる。
(全然大丈夫じゃないだろうが)
強がる夏目に僅かに苛立ちが募る。しかし、斑はそんな感情は表に出さなかった。夏目に背を向け、定位置となっている布団の上に再び身体を横たえる。
「全くだ。こんな真夜中に起こしたりするな。馬鹿者が」
憎まれ口を叩く斑に、夏目が苦笑したのだろう。微かに笑う声が聞こえてくる。
「ああ。・・・お休み、ニャンコ先生」
背中を撫でる手が暖かい。その手がだんだんと動きを止めるまで、斑は夏目に背を向けたまま、眠ったフリをし続けた。
それからしばらくして。
隣で眠る夏目が再びうなされ始めた。首を捻り、後ろを見る。
縋るように布団の端をきつく握り締めている夏目に、僅かに眉根を寄せる。
(面倒なヤツだ・・・)
怖いなら怖いと一言言えばいいものを。そうしたら、布団の上などではなく、布団の中で抱き枕にでもなってやったかもしれないのに。
どこまでも強情な夏目に苛立つが、素直になれない夏目の性格を良く知っている斑は、一つ溜息を吐き、小さな招き猫の姿から、人間の男の姿へと変化した。
小さな招き猫の姿のまま中に潜り込み、抱き枕になってやってもいいが、恐怖や不安を感じているのなら抱き締めてやった方がいいだろう。
女の姿には何度か変化した事があるが、朝夏目が目覚めた時、一つ布団に女が同衾していたら、大声を上げられかねない。
男の身体なら構わんだろうと布団を捲り、中へと身体を滑らせる。
暖かい布団の中、微かに震えている夏目の身体。少し小さく感じるそれを、そっと引き寄せる。
ゆっくりと自らの腕の中に捕らえ抱き締めていくと、夏目の口から小さな吐息が漏れた。
引き絞られていた眉根が少しずつ解かれていく。
(・・・馬鹿者が)
甘え方を知らないにも程がある。
「・・・眠っている時くらいは、甘やかしてやるか・・・」
夏目の髪に鼻先を埋め、小さく呟く。
斑は、夏目から香る芳しい妖力を嗅ぎながら、朝、夏目が目覚める寸前まで。
その身体を愛おしそうに抱き締めていた。


その日以降、斑の定位置が夏目の眠る間だけ変わった。