四対一 夏が近いのだろう。五月も半ばを過ぎると日に日に暑さが増すようだった。 徐々に沈んで行く太陽の日差し。それを背に受けるイルカが一楽と大きく書かれた暖簾を潜ると、途端に「いらっしゃい」と威勢の良いテウチの声が飛んで来る。 「おっちゃん、味噌チャーシュー二つ!」 イルカの脇をすり抜け先に椅子に腰掛けたナルトが、テウチに負けない大きな声でイルカの分まで注文を告げ、それを聞いて苦笑するイルカは「チャーハンも二つ」と追加注文しながらナルトの隣に腰掛けた。 ナルトにラーメンを奢るのももう何度目だろうか。イルカの額当てを譲り受け、一人前の忍になったはずのナルトだが、チャーハン一つで「やった!」と喜ぶ姿はアカデミーの頃とあまり変わらない。 程なくして目の前に差し出された美味しそうなラーメンとチャーハン。それを前に二人揃って「いただきます」と手を合わせ、さっそく食べようと割り箸に手を伸ばした所で、イルカは早くも麺を口に運ぶナルトから意外な言葉を告げられた。 「・・・そうだ。誕生日は空けておいてくれよな、イルカ先生」 喋るか食べるかどちらかにしろと言いたいのをぐっと堪え、手にした割り箸を割るイルカは笑みを浮かべて見せる。 「何だ、ラーメンでも奢ってくれるのか?」 誕生日を祝ってもらって嬉しい年でも無くなっているが、教え子から祝ってもらうのは単純に嬉しい。 こしのある麺を口元に運びながらそう尋ねてみると、口いっぱいに頬張った麺を咀嚼するナルトからふるふると首を振られた。 「オレじゃなくて、カカシ先生が奢ってくれるんだって」 「・・・っ」 麺を飲み込んだナルトから思いも寄らない名を告げられて動揺した。咀嚼していた麺を喉に引っ掛けたイルカは、盛大に咽てしまう。 「大丈夫かい?イルカ先生」 テウチが急いで渡してくれた水を飲み干したイルカは、テウチへの礼もそこそこにナルトへと向き直る。 「お前、カカシ先生の前で俺の誕生日が近いって喋ったのか!」 「違うってばよ!サクラちゃんたちと話してたのを聞かれたの!」 憤慨するナルトの話を要約するとこうだ。 サクラとサスケを交えた三人でイルカに何か贈ろうという話をしていた時、それを聞きつけたカカシから何故か、「一楽ラーメン奢ってやるからオレも混ぜろ」と言われたらしい。 (どうしてカカシ先生が・・・) そう疑問に思うよりも先に嬉しさが込み上げた。 つい最近、自覚したばかりの淡い恋心。その相手であるカカシから誕生日を祝ってもらえるのだ。嬉しくないはずがない。 「・・・イルカ先生?」 頬が緩んでいる事を気付かれたのだろう。訝しそうな表情を浮かべるナルトから名を呼ばれ、イルカはハッと我に返る。 「な、何でもない。ほら、早く食え。麺が伸びちまうぞ」 咄嗟に笑ってそう誤魔化すイルカは、いつになく誕生日を心待ちにしている自分に気付き、面映い笑みを小さく浮かべていた。 * 生憎の雨で迎えた誕生日当日。 任務を終えた第七班と共に一楽へと向かうイルカは、前を歩く子供たちから視線を逸らし、隣を歩くカカシへと軽く頭を下げて見せた。 「すみません、カカシ先生に奢って頂く形になってしまって・・・」 カカシの目の前で子供たちが相談していたのであれば、何かしなければと気を遣わせたのかもしれない。 恐縮するイルカの目の前。傘の下から覗いたカカシの深蒼の瞳が苦笑を形取る。 「誕生日なんですから、気にしないで奢られて下さい」 雨音に混ざって届いたカカシの声は柔らかく、それを聞いたイルカは小さく笑みを浮かべて見せる。 「・・・ありがとうございます」 好きな人に誕生日を祝ってもらう事が、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。 どうしても浮かんでしまう面映い笑みを僅かに俯く事で隠していると、「そうだ」と腰のポーチを探ったカカシから、「どうぞ」と細長い小さな紙包みを渡された。 中身は何だろうというイルカの疑問が顔に出ていたのだろう。 「ボールペンです」 「え・・・?」 問い掛ける前にそう告げられたイルカの首が小さく傾ぐ。 「何をプレゼントしたらイイか分からなくて、普段も使えるものをと思って」 ラーメンを奢ってもらうだけでも充分嬉しいというのに、カカシはプレゼントまで用意してくれたらしい。 それを聞いたイルカの顔に、ぱぁと満面の笑みが浮かぶ。 「ありがとうございます!これ、大切にしますね」 再度礼を告げると、笑みを浮かべて返すだろうと思われたカカシからじっと見つめられた。小さく首を傾げるイルカの目の前で、カカシが「あー」と言いながら銀髪を掻く。 「その・・・、ラーメンの後に一杯どうですか」 「え?」 「・・・四対一じゃなく、一対一で過ごしたいんです。あなたと」 「・・・っ」 子供たちに聞かれないようにだろうか。真摯な眼差しと共に小さく告げられたカカシのその言葉に対し、顔をこれ以上無いほどに赤く染めるイルカが否を告げる事は無かった。 |