心からあなたと






毎年の事だが、年の瀬が差し迫ってくると駆け込むように任務依頼が殺到する。
(今度の年末年始は休みたかったんだけどねぇ・・・)
今年もあと十日ほどで終わるというその日。
カカシの手には、年末から年始までびっしりと予定の組まれた任務予定表がある。
受付所でイルカから手渡されたそれを見ながら、どうやら今回の年末年始も任務に追われてゆっくり過ごせなさそうな予感がしたカカシは、はぁと重苦しい溜息を吐いた。
そんなカカシを、カウンターに座っているイルカが困ったような顔をして見上げてくる。

『年末年始は一緒に過ごせそうにありませんね・・・』

イルカの淋しそうなその『声』に、イルカと一緒に暮らし始めて初めての年末年始なのに共に過ごせないのが申し訳なくて、カカシは名が轟き過ぎている我が身を呪いたくなった。
わざわざご丁寧にカカシ指名の任務だって入っているから、他の忍と比べても、余計にカカシの年末年始は忙しいのだ。
眉間に皺を寄せ、手に持った任務予定表を穴が開きそうなほどに見つめて、年末年始、少しでもイルカと一緒に過ごす時間が取れないか考えていると。
そんなカカシの考えを表情から読み取ったのか、カカシを見上げていたイルカが小さく笑みを浮かべ。

『あの、気にしないで下さい。カカシ先生が無事に帰還されるのを待ってますから』

と、随分と可愛らしい『声』を向けてきた。
(あぁもう・・・)
イルカは何度カカシを恋に堕とせば気が済むのだろうか。
もう幾度となく、カカシの心臓をあっさりと打ち抜くイルカのその『声』。
それを聞いたカカシはどうしてもキスしたくなってしまい、表情をすっと真面目なものに切り替えると、二人きりになれる場所へと移動すべく、愛しいイルカへと声を掛けた。
「イルカ先生、今回の任務地の地図が欲しいんですが・・・。どこにあるか知ってます?」
「あ、隣の資料室にあると思います。探してきますね」
仕事熱心で親切なイルカが、カカシの思った通りそう言ってくれ、座っていたカウンターの椅子から立ち上がる。
「あぁ、一緒に行きますよ。わざわざすみません。ありがとうございます」
カウンターを回り込んでドアへと向かうイルカへと近付き、並んで歩きながらイルカにしか向けない笑みを浮かべてそう言うと、そんなカカシを見たイルカの頬がポッと桜色に染まった。
「いえ・・・っ、その、仕事ですから・・・」

『ありがとうって言われたの久しぶりだ・・・』

カカシに笑顔を向けられて恥ずかしがって俯くイルカが、嬉しいと思ってくれている。
こんな少しの労わりの言葉すら掛けない人間が多いのかと思うと溜息しか出てこないが、そのお陰で、こんなにも可愛いイルカの表情を多くの人間に見られる事はないのだと思えば、イルカには悪いが、それでもいいかと思ってしまう。
受付所を出て、隣にある小さな資料室へと入ったイルカの後に続いてカカシも入り、そのドアを閉めて二人きりの場所を作ると。
「イルカ先生・・・」
地図を探して棚を見上げているイルカの背中を、驚かせないようにそっと抱き込んだ。
「えっ、あの、カカシ先生・・・?」
突然のカカシのその行動にやはり驚いてしまったのか、身体を震わせたイルカが驚いた声を上げ、背後にいるカカシを振り返ろうとする。
それをきつく抱き締める事で止めると。
「ゴメンね?年末年始、一緒に過ごせなくて・・・」
少し赤くなってきたイルカの耳元で、小さくそう謝った。
カカシのその言葉を聞いた途端、イルカの少し強張っていた身体から力が抜ける。
「そんな・・・、任務じゃ仕方ありませんよ。カカシ先生のせいじゃないですし・・・。そんなに気にしないで下さい。ちょっと淋しいですけど、大丈夫ですから」
イルカのいじらしいその言葉に、キスしたい衝動に再び襲われたカカシはイルカの身体をそっと返すと、口布を下げ、その唇に宥めるように優しい口付けを落とした。
「・・・ちょっとじゃないでしょ?凄く淋しいと思ってる」
先ほどから、イルカの『声』が何度も『淋しい』と伝えてきていて。
愛しいイルカにそんな思いをさせているのがつらくて、カカシの胸はとてつもない痛みに襲われているのだ。
「言って・・・?凄く淋しいって。ちゃんと言葉にした方がいい」
イルカの頬に手を添えて言葉を促すカカシを、少し瞳を潤ませ始めたイルカがきゅと眉を顰めて見つめてくる。
「・・・本当は・・・」
「うん」
「凄く、淋しいです・・・。でも、俺、待ってます。カカシ先生が無事に帰ってくるのを、家でちゃんと待ってます」
だから、早く帰って来ようとして、無理して怪我とかしないで下さい。
涙が浮かぶその瞳を少し伏せてカカシから隠しながらそう言ったイルカが、カカシのベストをきゅっと掴み、そっと寄り添ってくる。『声』でもカカシを心配してくれる。
愛おし過ぎるその存在をきつく抱き締め腕の中に閉じ込めると、カカシはイルカの髪に頬を摺り寄せ、「大丈夫」と囁いた。
「さっさと任務を終わらせて、年越しくらいはあなたと一緒に過ごせるようにします。その為には、怪我なんてしてられない。オレが強い事はイルカ先生も知ってるでしょ?だから、信じて待っていて」
必ずあなたと共に年越し出来る様にしますから。
力強くそう言い切ったカカシのその言葉に、イルカが『嬉しい』と思ってくれる。
そして。

『年越し蕎麦、作って待ってます・・・』

そんな可愛らしい『声』を向けてくるイルカの潤んだ瞳を、小さく笑みを浮かべながらそっと覗き込むと。
「ん。楽しみにしてます。・・・愛してますよ、イルカ先生」
そう囁いて、カカシは再びその唇に口付けた。


そうして、大晦日の夜。
少し手間取ってしまったが、任務を無傷で終わらせたカカシは、防寒用のマントを翻しながら大急ぎで里へと戻っていた。
時間的にギリギリなのだが、何とかイルカと共に年を越せそうだった。
痛いほどの冷たい風を切って走るカカシの、口布に隠された口元が緩む。
イルカには任務が終了してすぐ、真っ先に式を飛ばして帰れると連絡をしてある。
二人が暮らすイルカの家で、約束した年越し蕎麦を作って待ってくれているはずだ。
里が近付くにつれ、たくさんの『声』が聞こえ始める。
大晦日だから夜更かししている人間が多いのだろう。
家族と共に過ごす大晦日の、幸せな雰囲気を漂わせるそれらの『声』。
以前ならそんな『声』ですら煩わしいとしか思わなかったが、イルカと暮らすようになってからは、微笑ましいと思えるようになった。

『寒いなぁ・・・。カカシ先生、まだかな・・・』

たくさんの『声』に混ざって不意に聞こえてきた、聞き慣れたイルカの小さなその『声』に、嬉しさから顔が綻びかけたカカシだったのだが、すぐにその眉間に皺が寄った。
イルカの家はまだ『声』が聞こえる範囲外のはず。
(まさか・・・)
この寒空の下、イルカが大門まで迎えに来ているような気がしたカカシは、さらに足を速めた。
急ぐカカシの視界、遠くに「あ」「ん」と書かれた大門が見え始める。

『星がいっぱい見える。綺麗だなぁ』

いつも家で着ている半纏の袖口に寒そうに手を突っ込み、空を見上げてそんな事を考えているイルカが、案の定、大門の側に立っている。
その姿を確認するや否や、カカシは素早く印を組み、瞬身で一気にイルカとの距離を縮めると、イルカの冷えたその身体を腕に抱きこんだ。
「・・・こぉら。こんなに寒いのに迎えに来たりしたらダメでしょ?」
「ぅわっ!」
煙と共に現れたカカシに突然抱き込まれ、驚いたイルカがカカシの腕の中から逃れようとする。
それを許さないとばかりにきつく抱き寄せると。
「お仕置きです」
口布を下げながらそう小さく言って、カカシはイルカの少し開いていた唇を塞いだ。
「んんッ!っふ・・・っ、ん・・・」
舌を絡める音とイルカの甘い吐息に混ざって、除夜の鐘が遠くに聞こえ始める。
その音を10回程耳にしたところでようやくイルカを解放すると。
「・・・っは、ふ・・・」
腕の中のイルカはすっかり力が抜けてしまっていた。

『・・・カカシ先生、お帰りなさいくらい言わせて下さい・・・』

立っていられないのだろう。顔を真っ赤にさせてカカシの腕に縋りついているイルカが、恨めしそうな表情でそんな『声』を向けてくる。
そんなイルカにニッコリと笑みを浮かべて見せると。
「キスされながらでも言えるでしょ?それとも・・・、言えないくらい良かったの?」
イルカの真っ赤に染まった耳元に唇を寄せ、そんな事を囁くカカシを、泣きそうな顔をしたイルカが見つめてくる。
「・・・怒ってるんですか・・・?」
「怒ってますよ。おうちで待ってるって言ってたでしょ?どうしてこんな所で待ってるんですか」
カカシのその言葉にうっと呻ったイルカが俯きながら、

『家に一人で待ってるの、淋しかったんです・・・』

なんて、素直過ぎる『声』を向けてくるから。
(あぁもう・・・っ)
その瞬間、もう何度目になるか分からない恋に堕ちたカカシは、まだ動けないイルカの身体を抱え上げると。
「年越し蕎麦は後回しです。先にあなたを頂きます」
一方的にそう宣言して、二人の家へと急いで向かい始めた。

里に年の暮れを告げる除夜の鐘が鳴り響く中。
必ずイルカと共に年越し出来る様にすると約束したカカシは無事、二人で暮らすイルカの家で、イルカと共に幸せな年越しを過ごす事が出来たのだった。





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