8万打お礼SS 願う心 慌しかった年末年始の任務がようやく落ち着き、明日は久々に休みを貰えるとなったその日の夜。 二人で暮らすイルカの家へ帰宅したカカシは、出迎えてくれたイルカの唇へすっかり恒例となっているただいまのキスを落としながら、その身体を腕の中へと閉じ込めると、カカシのそれらの行為を未だに恥ずかしがって俯く愛しいイルカの瞳をそっと覗き込んだ。 「・・・イルカ先生。初詣、どうして行かなかったの?」 「え?」 「まだ行ってないんでしょ?今年の初詣」 カカシがイルカへと、突然そんな事を訊ねたのには訳がある。 今日の夕方、里に帰還してすぐだった。 今回の任務はSランクだった為、執務室にいる綱手の元へと赴き、直々に報告書を提出していた時。 『初詣かぁ、まだ行ってないんだよなぁ・・・』 不意に聞こえてきたイルカのその『声』に、カカシは目の前に綱手がいるというのに、くっきりと眉間に皺を寄せてしまった。 (行ってないって、年明けてもう一週間も過ぎてるのにどうして・・・) 報告も途中で止めてしまったカカシを見て、執務椅子に座ってカカシの報告を聞いていた綱手もその眉間に皺を寄せた。 「なんだ。今回の任務で何か気になることでもあったのかい?」 「・・・あ、いえ。ちょっと別件を思い出しまして・・・」 その場を何とか誤魔化し、報告を再開したカカシだったのだが。 綱手に向かって報告をしながらも、イルカがどうして初詣に行かなかったのかが気になって仕方がなかった。 毎年、三が日中には初詣に行っているらしいイルカなのに、まだ行っていないという。 カカシが任務でいなかった間、イルカに何かあったのだろうか。 初詣に行けないような何かが。 毎年の恒例行事を疎かにする程の何かがイルカにあったのだとしたら、それを聞きたいと、カカシは帰宅するなりどうして初詣に行かなかったのかとイルカに訊ねた。 が、唐突過ぎるカカシの問いに戸惑っているらしく、なかなか答えないイルカに心配になってきたカカシは、イルカの黒耀のように輝く瞳を見つめ、出来るだけ声が優しく響くように心掛けつつ、「どうして?」とイルカの頬に手を添え再度訊ねた。 頬に添えたカカシのその手のおかげで視線を逸らせなくなったイルカが、かぁと頬を赤らめる。 『久しぶりに会ったのに、こんなに近くで見つめないで欲しい・・・っ。心臓がすごくドキドキしてきた・・・』 カカシの心配を他所に、そんな事を考えているイルカにふと苦笑する。 「久しぶりだからこそ、こんなに近くであなたを見たいんですよ。・・・オレがいない間、何もなかった?」 「あっ、はい。カカシ先生がいなくて淋しかったですけど、いつも通りの正月でしたよ?」 淋しいという気持ちは声にした方がいいと言ったカカシの言葉を守っているのか、素直にそう言ったイルカが少し首を傾げる。 「じゃあ、どうして初詣に行かなかったの?毎年三日までには行ってるんでしょ?」 カカシのその言葉に、『あぁ、そっか。夕方にはカカシ先生帰ってきてたんだ』とカカシの突然の問いにやっと合点したらしいイルカが、『あれ聞かれてたのか』と恥ずかしがりながらも口を開く。 「えっと、その・・・。今年はカカシ先生と一緒に行きたいなと思って・・・」 徐々に小さくなっていくイルカのその言葉を聞いたカカシは、イルカを心配する気持ちから少し眉間に皺を寄せていたその顔を途端に緩めてしまった。 嬉しさと、イルカのあまりの可愛らしさに。 真っ赤な顔をして俯いているイルカを、下から掬い上げるようにキスをしてその顔を上げさせると、カカシは溢れる愛しさから一度だけではなく何度もその唇を啄ばんだ。 「・・・嬉しいですよ、イルカ先生。明日は二人とも休みですから、初詣、一緒に行きましょうね」 イルカを抱き寄せる腕の力を強めそう囁いたカカシに、イルカがぱぁと表情を明るくして「はいっ」と返事をし、『凄く嬉しい』と思ってくれる。 そんなイルカにふと笑みを浮かべると、カカシはようやくイルカを腕の中から解放し、その背をそっと押した。 「じゃあ、お腹も空いてきたし、ご飯にしましょうか。イルカ先生の手料理が凄く食べたい。オレの為にわざわざ雑煮を作って待っててくれたんでしょ?」 そう言いながら、イルカと共に良い香りが漂ってくる台所へ向かうカカシに、イルカが恥ずかしそうな笑みを向けてくる。 「はい。カカシ先生、ずっと任務だったから、正月らしい料理を食べてないだろうと思って作ってみたんです。お口に合うといいんですけど・・・」 「オレの舌はもうイルカ先生の味以外は受け付けなくなってますよ。・・・あぁ、凄く美味しそうな匂いがするね。オレもお手伝いしますよ」 謙遜するイルカに事実を伝えて笑みを向けると、カカシは本当に美味しそうな香りを放つ雑煮を温め直し始めたイルカを横目に、皿を準備する為食器棚へと歩みを進めた。 神様というものが本当にいるとしたら、初詣客で賑わう時期は願い事が多過ぎて、聞くだけでも大変だろうなと思う。 『家族が健康で過ごせますように』 『今年こそ恋人が出来ますように』 『金運に恵まれますように』 そんな他人の願い事が聞こえてしまうカカシは、これまで初詣なんて行きたいとも思わなかったし、実際、これまで何人かの女性に誘われた時も何かと理由をつけて断ってきた。 だが、今年の初詣には来て良かったとしみじみ思った。 さすがにもう初詣に来る客はいないのか、閑散とした境内を通り抜け二人一緒にやってきた社の前。カカシの隣に今、目を閉じて両手を合わせ熱心に神様に祈っているイルカがいる。 『里が平和でありますように』 『アカデミーの子供たちが怪我や病気をせず、元気に勉強が出来ますように』 イルカらしいその願い事に、イルカが目を閉じているのを幸いにふと笑みを浮かべていたカカシだったのだが。 『この一年、カカシ先生が無事に任務を全うする事が出来ますように』 『これからもカカシ先生と一緒にいられますように』 『カカシ先生と一緒にいられる時間がもうちょっと増えますように』 続いて聞こえてきたイルカの願い事がカカシの事ばかりで、それを聞かされたカカシは嬉しくなると同時に少し恥ずかしくなってしまった。 「・・・イルカ先生、それ、わざとですか?」 まだまだ続きそうなイルカのカカシに関する願い事をちょっと遮らせて貰って、横に並び立つイルカを横目で伺いながらそう訊ねると。 「・・・え?」 閉じていた目を開いたイルカが、急に声を掛けたカカシを不思議そうな表情で見つめ返してきた。可愛らしく小首を傾げながら。 『わざと・・・?って?』 全然気づいてなさそうなイルカのその『声』に苦笑しながら、 「願い事がさっきからオレの事ばっかり。オレには聞こえてるの忘れたの?」 と告げると。 「・・・っああッ!」 『うわ、忘れてたッ!』と本気で忘れていたらしいイルカが、目を見開いてボンッと真っ赤になりながらそう叫んだ。 そんなイルカに、顔に浮かべた苦笑を深めたカカシが、 「オレに願い事を聞かれたくないなら・・・」 離れていましょうか?と続けて言おうとしたら。 『違うッ!』 カカシのその言葉を聞いた途端、きゅっと眉を顰めたイルカが心の中で焦ったようにそう叫び、ブンブンと首を振ってカカシのベストを掴んできた。 そうして。 「違いますッ!聞かれたくないんじゃなくて!・・・その・・・っ」 カカシへと必死にそう言い募っていたイルカが、泣きそうなくらいに顔を歪めたと思ったら、俯きながら『恥ずかしかっただけなんです。ごめんなさい』と、聞いているこちらがつらくなってしまうような『声』でそう告げてきた。 以前、カカシに羞恥から『聞かないで』と言って傷つけた事をかなり悔やんでいるらしいイルカが、俯いたまま『カカシ先生をまた傷つけた』『どうしよう』と泣きそうになっている。 そんな心優しいイルカを泣かせたくなかったカカシは、急いでイルカの腕を掴むと、その身体を自らの腕の中に抱き込んだ。ぎゅうと痛くないくらいの力で抱き締めて、安心させるようにトントンとその背を数回叩く。 「・・・あぁ、泣かないで、イルカ先生。違いますよ。恥ずかしくないかなと思って聞いただけです。それにね?オレは嬉しかったんですよ。・・・あなたは、オレの能力の事をすっかり忘れてしまうほど、その心の中にオレを受け入れてくれている。それが、オレにはとても嬉しかった」 ありがとう。 耳元で囁くようにそう告げたカカシの言葉を聞いたイルカが、カカシの背に手を回し、ぎゅっと抱きついてくる。 そして。 「あの、・・・かなり恥ずかしいんですけど、・・・ここに、いて下さい・・・」 小さな声でそう告げてきた。 その言葉にふと笑みを浮かべながら「ん」と頷くと、カカシは抱き込んでいたイルカの身体をそっと離し、涙の浮かぶその瞳を覗き込んだ。 「・・・オレだけ聞いたんじゃ不公平だから、後でオレの願い事も教えてあげますね」 イルカ先生にしか叶えられない願い事があるんです。 零れ落ちそうになっているイルカの涙を指で拭いながら、笑顔でそう告げると。 そんなカカシに、イルカもようやく笑みを浮かべてくれた。 イルカの願い事がカカシに叶えられるものなら、どんな事をしてでも叶えてみせようとカカシは思う。 そして、カカシの願い事だって是非ともイルカに叶えて貰いたい。 それは、二人が付き合い始めてから生まれたカカシの小さな願い。 カカシの願い事がどんなものなのかは、また別の機会に・・・。 |