9万打お礼SS 叶える心 アカデミー教師であるイルカは、教員同士であっても”先生”という敬称を付けてその名を呼ぶ事が多い。 生徒たちの手前という事もあるだろうが、教員一人一人を、イルカ自身が一教育者として尊敬しているからなのだろう。 もちろん、その敬称は上忍師に対しても付けられる。 そんなイルカが、同じ教育者であるのに敬称を外す人間が居る。 年も同じくらいで仲の良い、イルカの友人という立場にいる者たちだ。 以前は全く気になっていなかったのだが、付き合い始めてからだっただろうか。 イルカから、呼び捨てや”さん”で呼ばれる彼らを羨ましいと思い、「カカシ先生」と呼ばれると、何故か薄い壁を感じてしまうようになったのは。 イルカに「カカシ先生」と呼ばれるのは嫌いではない。 付き合う以前からずっとそう呼ばれていたし、自分だってイルカ先生と呼んでいるからだ。 ただ。 イルカと違い、カカシはもう上忍師という立場ではないし、何より、今はイルカの恋人という立場なのだ。 呼び名で二人の間がどうなるというものでもないが、名を呼ばれるたびに感じる薄い壁はどうにかしたい。 ”先生”という敬称を取り外して欲しい。 それが、カカシの『イルカにしか叶えられない小さな願い事』である。 初詣から二人が暮らす家に戻って。 イルカから、「願い事って何ですか?」と急かすように尋ねられたカカシがそう告げると、何だそんな事かと思われるだろうというカカシの予想に反して、イルカは少し困ってしまった。 カカシの事をどう呼べばいいのか分からない。 そんな事を思いながら、カカシに困惑した視線を向けてくるイルカに苦笑してしまう。 「どう呼んでもいいですよ?恋人なんですから、それこそ、呼び捨てでも」 卓袱台の側に置かれている座布団に座りながらそう言ってみたら、途端に「呼び捨てなんて絶対駄目ですっ」と、カカシの前に慌てた様子で座ったイルカに拒否された。 『カカシ先生は俺の尊敬する人で、年上だし、上忍だし・・・』 イルカのそんな『声』を聞いたカカシは、あぁこれかと、イルカから名を呼ばれるたびに感じていた薄い壁の正体にようやく思い至った。 イルカは、カカシとの階級差に卑屈になっているわけではない。 本気で、ただ純粋に。 カカシの事を一人の人間として、また、忍として尊敬してくれているのだ。 それはとても嬉しいことではあるのだが。 (オレが少し上になってる・・・) イルカの中で、カカシがイルカよりも少し上の位置になってしまっているのが気になった。 カカシは、イルカと恋人として対等に付き合いたいと思っているのに。 「・・・イルカ先生」 イルカの手をそっと握って身体ごと向き合う。 「・・・オレはね?上忍だとか、年上とか。そういうものに関係なく、あなたと対等な立場でいたいと思っているんです」 カカシの目の前。 少し困った表情を浮かべて座っているイルカは、カカシにとってかけがえの無い大切な人だ。 素直な心を持ち、カカシの能力を忌み嫌うこともなく。カカシをその名の通り、大きな心で受け入れてくれた人。 (愛しい愛しい人・・・) これからもずっと側にいたい、いて欲しい。 愛される事を諦めていたカカシが、ようやく心から愛し合えた人なのだ。 だから。 イルカとは、対等な立場でありたい。 今のまま、イルカよりも少し上の立場にカカシを置いていたら、イルカはきっと疲れてしまう。 気を使っていないつもりでも、気を使わせてしまう。 今は良くても、これから先。 長い時間共に居れば、気を使う相手と生活するのは苦痛になる。 カカシは、ようやく手にしたイルカという存在を、そんな事で手放したくないのだ。 「・・・あなたの恋人として、これからもずっと共に生きて行きたいから。もうオレは上忍師ではないし、”先生”は止めて貰えませんか・・・?」 小さく笑みを浮かべながら少し首を傾げてそうお願いしてみると、イルカは「うっ」と呻った後に少し俯いて、 『・・・カカシ先生だってイルカ先生って呼んでるのに・・・』 と、恨めしそうな表情で見つめてきた。 どうやら、少々いじけてしまったらしい恋人に苦笑しながら、少し考えて。 「じゃあ、こうしよ?お互いに、呼び名を変える。・・・それならいい?」 そう提案してみたら、しばらくして。 「・・・それなら」 と、イルカはようやく受け入れてくれた。 イルカから呼び捨てにされるのもなかなかと思っていたのだが。 「絶対駄目ですっ」 と、再度拒否され、カカシの呼び名は「カカシさん」に落ち着いた。 だが、イルカの呼び名を決める時に問題が発生した。 カカシが「カカシさん」になったのだから、イルカも「イルカさん」にしようかと提案したら、 「カカシせ・・・じゃなかった。・・・カカシ、さんにそう呼ばれると、何だか擽ったいです・・・」 と、まだ「カカシさん」が言い慣れないイルカに、少し嫌な顔をされてしまった。 「それじゃあ、イルカ先生の事は何て呼べばいい?」 「あ、呼び捨てでいいですよ」 『友達とかも呼び捨てだし・・・』 確かにそうだ。 イルカの友人たちは、その多くがイルカの事を呼び捨てにする。 だから、カカシもイルカがそれでいいならいいかと、何の気なしに呼んだのだ。 「イルカ」 と。 その瞬間。 (ちょ・・・っ) 目の前のイルカがボンッと真っ赤になり、カカシは聞こえてきたイルカの『声』に突っ伏しそうになった。 変な声を出さないよう、そろそろと片手で口元を覆う。 (・・・気付いてなかった・・・) カカシ自身、気付いていなかったのだが。 無意識に、「イルカ」と呼んでいる時があったらしい。 何度も何度も「イルカ」と呼ぶカカシの、その時の事をまざまざと思い出してしまったイルカに、さすがのカカシも気恥ずかしさを覚えた。 自分の頬も少し赤くなってしまっているような気がするのは、気のせいではないだろう。 目の前の、真っ赤になって俯いて、内心叫んでいるイルカをそっと抱き寄せる。 「・・・イルカ先生のままでいい、かな・・・?」 耳の先まで真っ赤になっているイルカにそう訊ねると、こくこくと何度も頷かれた。 『あーもうっ。やだ・・・っ』 『恥ずかしい』と何度も繰り返し叫んでいるイルカに苦笑しながら、腕の中にいるイルカの顔をそっと覗き込むと、顔中を真っ赤にさせて涙目になっているイルカがいて。 可愛らしく恥らうイルカに、カカシは思わずちゅと口付けていた。 ゆっくりと唇を離そうとしたら、黒耀のように輝くその瞳を少し伏せたイルカに『もっと・・・』と小さな『声』で強請られた。 強請られるがまま、少しだけ離れていた唇を再びそっと押し付ける。 そのまま、何度か唇を重ね、くちゅりとその唇を少しだけ食む。 (思い出しちゃったからね・・・) 抱き込んでいるイルカの身体が熱い。 「イルカ・・・」 意図的にそう囁いてみたら、再度思い出したイルカの体温がさらに上がった。 まだ明るい時間なのだが、こうなってしまっては仕方がないだろう。 そう心の中で言い訳して。 カカシは潤んだ瞳で見つめてくるイルカに、今度は深い深い口付けを落とした。 |