10万打お礼SS 猫よりも構って イルカの恋人はカカシ、のはずなのだが。 「夜ー、ご飯だぞ。おいでー」 台所から聞こえてきたイルカの、まさしく『猫撫で』と言われる声に、嬉しそうになぅんと応えた黒猫が、イルカが台所で夕飯を作っている間、丸くなって眠っていたカカシの胡坐の上から降り、その長い尻尾をゆらゆらと揺らしながらイルカの元へと走っていく。 そんな猫の後姿を、後ろ手を付いて苦笑しながら見送るカカシは、その胸に少々苦いものを抱えていた。 クリスマスイブの夜、任務続きでイルカに会いに行けなかったカカシの元へ、イルカを連れて来てくれたこの黒猫には感謝してもしきれない。 二人が付き合うきっかけになった猫だ。 元々、忍犬を使役するほど動物好きなカカシであるからして、イルカからの手紙を届けてくれていたこの黒猫の事は、カカシも可愛いとは思っているのだが。 (猫に嫉妬するとは思わなかったな・・・) カカシの恋人であるはずのイルカが、カカシがいる時でも、この猫の方をより構っているような気がしてならず、その点だけは猫に対して苦々しい思いを抱いているのだ。 カカシとイルカがお付き合いを始めたその日の夜、二人は話し合い、この黒猫を二人で飼うことにしていた。 イルカの話を聞く限り、どうやらこの猫は、カカシが里にいる間はカカシの元に、任務でいない間はイルカの家と、互いの家を行ったり来たりしていたようだったから。 互いに情が移るといけないからと名前を付けていなかったのを幸いに、二人で相談して、艶やかな漆黒の毛並みである事と、二人が付き合う事となった幸せなイブの夜にちなみ、『夜』と名付けた。 まだ里が落ち着かない関係で任務に追われ、なかなか会いに来れないカカシの代わりに、イルカの側にいて相手をしてくれている猫には感謝しているが、カカシが居る時位、どこかに出かけてくれてもと思ってしまう。 そんな大人気ない事を考えながら小さく溜息を吐いていると、台所からイルカが、煮魚が盛られた美味しそうな匂い漂う皿を両手に戻ってきた。 姿の見えないあの猫は今頃、イルカの作った煮魚を一番に食べさせて貰っているのだろう。 その事にも少々苦々しい思いを抱きつつも、よく使い込まれた卓袱台の側に座ったイルカから、「どうぞ」と目の前に差し出された皿をカカシは覗き込んだ。 「お口に合うといいんですけど・・・」 少し恥ずかしそうな笑みを浮かべたイルカが、そんな謙遜の言葉を口にする。 猫好きで優しいイルカの事だから、猫に合わせて出汁を効かせ、薄口に作ってあるのだろう。薄い琥珀色の液体から漂う出汁の香りが、カカシの空腹を刺激してくる。 「美食家な夜が気に入っているんですから、美味しいに決まってますよ。ずっと食べてみたいと思ってたんですが・・・」 イルカからの手紙で、猫が随分と気に入っているらしい煮魚の事を知ってから、魚好きなカカシはこの煮魚が食べたくて仕方が無かったのだ。 「・・・嬉しいなぁ。イルカ先生の煮魚をやっと食べられる」 嬉しさから笑みを浮かべてそう言ったカカシを見て、カカシの笑顔を見ると毎回真っ赤になって見惚れてしまうイルカが、箸を手渡そうとした格好のまま止まってしまった。 そんなイルカに苦笑しながら、その手にある箸をそっと受け取ると。 ハッと我に返ったイルカが、恥ずかしそうにカカシを伺ってきた。 (かわいい) 可愛らしい表情を見せるイルカに目を細めながら、「食べましょうか」と促して。 「いただきます」 卓袱台に所狭しと並べられた食事を前に、イルカと共に手を合わせてそう言い、カカシはさっそく煮魚を口に運んだ。 途端に口の中で綻ぶほどに柔らかく煮込まれた身と、口いっぱいに広がる出汁の甘みに、それを咀嚼するカカシの目元が再度緩む。 「・・・あぁ、これは夜が気に入るはずですね・・・。こんなに美味しいものをずっと食べてたなんて、夜が羨ましいですよ」 多少の嫉妬心も織り交ぜつつ、カカシが掛け値なしにそう言うと、イルカは嬉しそうに「ありがとうございます」とはにかんで見せた。 それからは、イルカの手料理に舌鼓を打ちつつ、会えなかった間の事や猫の事、それに、互いの事を話していたのだが。 カカシと会話をしていても、イルカが時々、台所にいる猫の様子をチラと伺うのが気になった。 (楽しくないのかな・・・) カカシはイルカと他愛無い話をするだけでも凄く楽しいのだが、先ほどからイルカの意識が、ここにいない猫に行っているようで少し切ない。 手紙のやり取りをしていた頃には聞けなかった事やその当時の事など、カカシにはイルカに聞きたい話がたくさんあるのだが、イルカはそうではないのだろうか。 再びチラと、イルカの視線が猫を気にする素振りを見せたのを機に、カカシは持っていた箸を卓袱台の上にそっと置いた。 「・・・イルカ先生?」 「あっ、はいっ」 名前を呼ばれて、慌てたようにカカシへと向き合うイルカを見て、カカシは小さく首を傾げ、苦笑と呼ばれる笑みをその顔に浮かべた。 「イルカ先生は・・・、オレと一緒に居ても、あんまり楽しくないのかな・・・?」 さっきから夜の事ばかり気にしてる、と続けて言うと、イルカは自覚があったのか焦った表情を浮かべた。 「あのっ、違うんです・・・っ、その・・・っ」 真っ赤になって視線を彷徨わせているイルカを真っ直ぐに見つめて、イルカの言葉を待っていると。 しばらくして、俯いてしまったイルカが小さく、 「夜がいないと・・・、緊張、するんです・・・」 と告げてきた。 どうして?と聞けば、俯くイルカが恥ずかしそうに小さく笑みを浮かべて、カカシの事が好きで仕方が無くて、二人きりの状況だともの凄く緊張してしまうのだと、そんな事を言う。 (それは・・・) イルカから真っ直ぐに向けられる恋心を面映く感じてしまい、カカシは何と答えればいいか少し困ってしまった。 恐らく。 手紙のやり取りから始めた恋だから、実際にこうやって面と向かって話をするのにまだ慣れないイルカは、二人きりになると恥ずかしいのだろう。 そうでなくとも、カカシに見つめられるだけで緊張してしまっていたイルカなのだ。 イルカに不埒な想いを抱くカカシとしては、イルカには出来るだけ早く打ち解けて欲しい所なのだが。 台所からトトトと小さな足音をさせて戻ってきた猫に気付いたイルカが、あからさまにホッとした表情を浮かべるのを見てしまうと、無理に打ち解けさせるのも可哀想かと思う。 (時間が掛かりそうだな・・・) イルカと恋人らしい触れ合いが出来るのは、どうやらまだまだ先になりそうな気がして、カカシは内心苦笑した。 それにだ。 イルカには、猫という護衛がついている。 イブの夜もそうだったが、カカシがキス以上の行為に及ぼうとすると、この猫がイルカの気を引いて邪魔をするのだ。 イルカから、怪我をしていたこの猫を昔助けたのだと聞かされた時、カカシは、それでこの猫はこんなにもイルカに懐いているのかと理解した。 離れようとしないなんて、カカシはされた事がない。 猫がカカシの家にやってきていたのは、忍犬たちと遊ぶためだ。 この猫は、その物怖じしない性格で、いつの間にか忍犬たちと仲良くなっていたのだ。 聞けば、帰れと言っても頑として帰らなかったと、彼らは口を揃えて言った。 一ヶ月程カカシの家に居座り、忍犬たちが諦めて猫を受け入れた途端、フラリといなくなって。 もう来ないだろうと思っていたら、カカシにとっては運命とも言える綺麗な蒼い組紐と手紙を首に携え、再びやってきた。 どうやらそれから、猫のイルカの家とカカシの家を往復する生活が始まったらしい。 カカシにはイルカ程懐いてはいない猫だが、触れても嫌がりはしないから、嫌われてはいないのだろう。 だが。 イルカに手を出すのは許してくれていないから、イルカの恋人として認めてくれたわけでもないのだ。 二人が付き合うきっかけを作ってくれたのは、この猫だというのに。 お気に入りらしい座布団の上に座って毛繕いを始めた猫を、イルカが可愛いと言わんばかりに瞳を細め、その身体を撫でている。 イルカが随分と頼りにして可愛がっているこの猫は、強敵ではあるが。 「・・・イルカ先生」 猫に意識が向いているのを幸いに、片手を付いたカカシはそっとイルカの側に身体を寄せてその名を呼んだ。 イルカがカカシに顔を向けた瞬間、その唇を奪う。 「な・・・っ」 驚いたのだろう。途端に、弾かれたようにカカシから身体を離したイルカに、ニッコリと最上級の笑みを浮かべてみせて。 「早く緊張しなくなる為にも、夜じゃなくて、オレを見てて・・・?」 顔を真っ赤にさせてカカシの笑みにぽぅと見惚れているイルカにそう言って、下から聞こえてくる猫のなぅっ、という抗議の声を余所に、カカシはイルカの唇に再度口付けた。 |