恋をしています カカシは本当に目立つ人だと思う。 「おはよ、イルカ先生」 電車に乗り込んだイルカに、いつものポールに凭れていたカカシがひらひらと片手を振って笑みを向けてくる。 スーツにコート姿で片手にマフラーと鞄を持ち、その脇にはカバーの掛けられた本。 イルカを見止めた途端に閉じたその本は、イルカが頼み込んでもなかなか貸してくれないカカシお気に入りの本だ。 すらりとしたその立ち姿と、端正な顔を持つカカシがその顔に笑みを載せた途端、イルカの周囲にいる女性たちがザワリとざわめく。 聞こえていないとでも思っているのか、きゃあきゃあと小さく歓声を上げる彼女たちの声がカカシの側に近寄ったイルカの耳にも届いているから、カカシだって気づいているのだろうけれど。 でも、そんな周りの声を完璧に無視するように、カカシはイルカから一度も視線を逸らす事無く見つめてくれる。 「おはようございます、カカシ先生。今日は一段と寒いですね」 自分の首に巻いていたマフラーを取りながらそう挨拶するイルカに、笑みを浮かべたカカシが手を伸ばしてくる。 「ん。・・・ほっぺた真っ赤になっちゃってる」 イルカの冷えた頬に、同じくらい冷たいカカシの手が触れる。 カカシにそっと優しく、二人きりの時にするように頬を触られて、イルカの頬に寒さだけじゃない赤みが走った。 「あの・・・っ。出来れば外では・・・」 慌てて俯いて小さくそう告げるイルカに、カカシがふっと苦笑する。 イルカの腕をそれとなく取り、そっとイルカの身体をドアの側へと誘導すると、カカシは真っ赤になってしまったイルカを周りの視線から隠すように少しだけ移動した。 公共の場である電車の中に、小さい二人だけの空間が出来上がる。 「ゴメンね」 小さくそう言われて、ふると首を振った。 同性同士の恋は障害が多い。 ただでさえ、女性に嫌というほどモテるカカシを恋人に持つイルカだから。 そんな女性たちに悟られるような行動は謹んでおいた方がいい。 取られたくない。 そんな醜い独占欲から出るイルカの言葉に、カカシはいつもこうやって謝ってくれる。 (気を悪くしたりしてないかな・・・) 俯いていた視線をそっと上げてカカシを伺うと、普段と変わらない慈しむような視線を向けられて安堵した。 「そうだ。ねぇ、イルカ先生。・・・約束、してもいいかな?クリスマスの」 12月に入って街のあちらこちらでクリスマスのイルミネーションが瞬き始めている。 カカシとお付き合いというものを始めて数ヶ月。恋人たちの為と言っていいほどの甘い雰囲気を持つイベントがもうすぐやってくる。 去年まで恋人のいなかったイルカには、虚しいとしか思えなかったクリスマスだったが、恋人が出来た途端、素晴らしいイベントに思えるから不思議だ。 密かに楽しみにしていたのだが、どうやらカカシもそうだったらしく、クリスマスはまだまだ先だというのに約束を取り付けようというカカシに笑みが浮かぶ。 「もちろんです。平日ですから昼間は仕事がありますけど、夜なら」 「ん、ありがと。じゃあ・・・、イブの夜、帰りにイルカ先生のおうちに行ってもいい?」 クリスマスにカカシと一緒に過ごせるのが嬉しくなり、イルカの頬が緩む。 「はい。せっかくだしチキンとか用意しましょうか。ケーキ・・・は、カカシ先生甘いの駄目だから・・・」 まだまだ先だというのに、もうクリスマスの準備の事を考え始めたイルカに、カカシがふわりと笑みを向けてくる。 「プレゼント、何がいい?」 「え?」 「クリスマスプレゼント。せっかくだから交換しよ?」 クリスマスにプレゼントの交換なんてした事がない。 イルカの勤務先である小学校で開かれるクリスマス会で、生徒たちとプレゼント交換をした事はもちろんあったりするのだが、恋人とのプレゼント交換は初めてだ。 イルカの頬が思いっきり緩む。 「はい!いいですね!」 嬉しくてつい身を乗り出し、勢い込んでそう返事してしまい、そんなイルカをすぐ近くで見ていたカカシがぷっと吹き出した。 イルカに失礼だと思ったのか、すぐに口元を手で覆って口角の上がった唇を隠してくれたが、肩が小さく揺れているし、目尻には皺が寄ってしまってもいる。 「あ・・・」 湯気が出ているんじゃないかと思うくらい、顔が熱い。 (恥ずかしい・・・っ) プレゼント交換くらいでこんなに喜ぶなんて、子供じゃあるまいし。 羞恥に顔を真っ赤にさせて俯いたイルカに、カカシが「笑ったりしてゴメンね」と謝ってくる。 「いえ・・・っ、その、はしゃいだりしてすみません・・・」 「ううん。そんなに楽しみにして貰えると嬉しいですよ。何か欲しいものある?あったら、それ用意するけど」 カカシのその言葉に、イルカはふるふると首を振った。 特に欲しいものなんてなかったし、どうせなら、カカシがイルカの為にと選んでくれた物が欲しかった。 「いえ、特には」 「そっか。んー。何がいいかな・・・」 楽しそうにイルカへのプレゼントを考え始めたカカシを見て、イルカの頬が緩む。 (嬉しい・・・) プレゼントを貰えるのも嬉しかったが、何より、周囲の視線を集めるほど格好いいカカシの思考を、今、イルカが独占している。それがとても嬉しかった。 これから、プレゼントを交換するクリスマスまで。 カカシの思考を、イルカと共に過ごすクリスマスの事と、イルカへのプレゼントを何にするかで占める事が出来るのが嬉しかった。 周りにいる綺麗な女性たちには目もくれず、イルカの事を考えるカカシを見て、イルカの正直な心が喜んでいる。 こんなにも強い独占欲を誰かに対して持ったのは初めてで、そんな自分が少し怖いと思う事もあるのだが。 でも、そんな独占欲を垣間見せるイルカにも、カカシは優しく慈しむ表情を向けてくれる。 それだけでなく、きちんと言葉でも好きだと言ってくれるのだ。 きっと、イルカもカカシも、恋をしているのだろう。 互いの存在しか見えなくなるような恋を。 (凄く好き) すっきりとした顎に綺麗な指を当てて小首を傾げ、イルカへのプレゼントを何にするかで悩んでいるらしいカカシ。 そのカカシの銀髪が、冬独特の低い太陽に照らされてキラキラと光る。 ずっと見つめていたこの銀色の髪を、こんなにも近くで見つめる事が出来るようになって嬉しい。 イルカの中のカカシを好きだという感情が、カカシの事を知るたびにどんどん膨らんでいく。 (プレゼント、何にしよう) イルカもカカシ同様、カカシへのプレゼントを何にするか、幸せな悩みに頭を悩ませながら。 電車の中でのつかの間の逢瀬を、二人は心行くまで楽しんだのだった。 |