意地悪じゃない恋人 2014年イル誕 紆余曲折あり、イルカはつい最近、お付き合いというものをする事になった。 お相手は、上忍・はたけカカシ。里内でも随一と謳われる程の忍である。 中忍で何事も平凡なイルカとは不釣合いだと自分でもそう思うが、最初に告白したのはカカシの方であり、イルカもまた憎からず思っている。 例え階級差があったとしても、相手が女性ならばお付き合いするのに問題はそうそう無いのだが、見目麗しくともカカシは男性であり、お付き合いと言っても何をするのか、何をすればいいのか全く検討もつかない。 (・・・今日、誕生日だって言った方がいいのかな・・・) 夕日が差し込む受付所内。カウンターに着くイルカは、カカシから受け取ったばかりの報告書へと視線を落としながら悶々と考える。 今日一日、アカデミーの子供たちから誕生日を祝ってもらうたびにカカシの顔がチラついた。 こんなに悶々とするくらいなら、いっその事言ってしまえば良いと思うのだが、イルカがなかなか言い出せないのには訳があった。 恋人のカカシは里内では人当たりが良いと評判だが、親しい友人とイルカの前ではかなりの無愛想かつ意地悪なのだ。 そんなカカシの事だ。誕生日の事を言わなかったら言わなかったでネチネチと言われるだろうし、言ったら言ったで大の大人のくせに祝って欲しいのかと皮肉を言われるのではないだろうか。 「・・・何か問題でも?」 頭上から降って来た柔らかな声。それを聞いたイルカはハッとする。 悶々とし過ぎて目の前に居るカカシの事を忘れていた。 見上げてみると、対外用の笑みを浮かべるカカシが小さく首を傾げている。 「いえっ、大丈夫です。お疲れ様でした」 報告書に不備は無い。 不備は無いが、ここでイルカが何も言わなければ、恐らくカカシはこのまま帰ってしまう。 (・・・どうしよう・・・) 言うか言わないか。 グルグルと悩むイルカが冷や汗を掻き始めたその時。 「あ、そうそう。イルカ先生、ココ確認しました?」 腰を屈めるカカシから、トントンと報告書の一部を指し示された。 そこに書かれていたのは『七時』という文字。 時間のみだったが、それだけでカカシの意図が分かったイルカは「はい、確認しました」と笑みを浮かべて見せる。 「良かった。それじゃ」 にこやかな笑みを浮かべて踵を返すカカシの背。 その背に「お疲れ様でした」と再度声を掛けながら、イルカは内心ホッと胸を撫で下ろしていた。 カカシの方から呑みに誘ってくれて本当に助かった。 (・・・延びただけだけどな) 考える時間が延びただけで解決した訳ではないのだ。安堵するのはまだ早いが、誕生日にカカシと呑めるのはそれはそれで嬉しい。 イルカだってカカシの事を憎からず思っているのだから。 「次の方どうぞ」 内心そう言い訳しながら次の報告者へと声を掛けるイルカは、今にもにやけそうになる顔を引き締めるのに苦労した。 あれほど悶々としていたイルカの悩みだが、いつもの待ち合わせ場所で待ってくれていたカカシの第一声で簡単に解決してしまった。 「今日、誕生日だよね?イルカ先生」 カカシが受け持つ子供たちはイルカの教え子たちだという事を失念していた。 その子供たちあたりから今日がイルカの誕生日だと聞いたのだろう。不機嫌そうな表情と声で真っ先にそう問われ、「はい」と頷くイルカは僅かに俯く。 カカシが怒るのも無理は無い。 悶々と考えずとも、自分に当てはめて考えれば良かったのだ。 自分だったらカカシの誕生日は是非とも祝いたいし、出来る事なら他の誰かから教えて貰うのではなく、カカシ本人から教えて貰いたい。 カカシだって、曲がりなりにも告白した相手の誕生日にまで意地悪な事は言わないだろうに、カカシを信じ切れなかった自分が情けない。 情けなさ過ぎて涙が浮かびそうになったその時、呆れられたのだろうか。頭上から、はぁと大きな溜息が聞こえて来た。 「・・・オレの誕生日は九月十五日ですから」 「え・・・?」 突然そう言われ、イルカは俯かせていた顔を上げる。 相変わらず不機嫌そうだが、怒ってはいないのだろうか。 「で?何がイイの?誕生日プレゼント」 小さく首を傾げるカカシからそうも続けられ、イルカの顔がくしゃりと歪む。 「・・・お、おれ・・・っ」 「ハイハイ、泣かないの」 色々と釈明したい事はあったが言葉にはなりそうにもなく、カカシの方もまた、謝罪は求めていないようだった。隠すように頭を抱き込まれ、カカシの肩に顔を埋めるイルカは思う存分泣き顔を晒す。 普段は意地悪なカカシだが、イルカが落ち着くまで黙って待っていてくれたりと、優しい所だってあるのだ。 「で、プレゼントは何が欲しいの?」 涙が落ち着いた頃。カカシから改めてそう問われたイルカは僅かに逡巡する。 「と言っても、今日がイルカ先生の誕生日だって知ったのはつい二時間程前ですから。渡すのは明日以降になってしまいますけど」 そんな厭味な事も言われ、イルカは優しい所もあるという前言を即日撤回する。 「・・・意地悪しないカカシ先生が欲しいです」 カカシの肩に涙を擦り付けながら、むぅと唇を尖らせるイルカがそう告げると、カカシは僅かな間の後、「そんな事でイイの?」と返した。 最初のうちこそ対外用の笑みでもって対応してくれたカカシだが、すぐにそれは成りを潜めてしまっている。 カカシから意地悪されない日はなく、本当に好かれているのだろうかと疑問にすら思う程だ。誕生日くらい意地悪しないカカシを欲したとしても罰は当たらないだろう。 「俺にとっては特別なんですっ」 顔を上げたイルカが勢い込んでそう告げると、カカシは「分かった」と苦笑を浮かべて見せた。 「じゃあ行きましょうか、イルカ先生」 スイッチが切り替わったかの如く優しい声と表情でそう言われ、途端、イルカの胸が高鳴る。 (落ち着け、落ち着け・・・っ) カカシの本性は意地悪な方だ。こちらではない。 少し優しくして貰ったくらいでキュンとするなんてどうかしている。 「イルカ先生?」 対外用のカカシは、かなりのタラシだという事を忘れていた。 小さく首を傾げて見せるカカシを前に、ドキドキと高鳴り続ける胸を抱えるイルカは、今日の誕生日を無事に終わらせられるか、かなりの不安を覚えていた。 |