図書館






暖かい春の日差しが降り注ぐ明るい廊下。
その明るい廊下を早足で歩くイルカは、その額に僅かに汗を滲ませながら図書館へと向かっていた。
今日の授業で使う資料を、図書館で借りておかなければならないのをすっかり忘れていたのだ。
(早くしないと授業が始まっちまうッ)
刻々と迫る授業開始の時間に焦りが募るが、いつも「廊下は走るな!」と子供達を叱り飛ばしているイルカだから、いくら急いでいたとしても走るわけにはいかない。
やっとの思いで辿り着いた図書館の扉を勢い良く開ける。
「・・・イルカ先生、静かに」
開けた途端、そんな声が聞こえてくる。声のした方向を見ると、貸し出しカウンターにいた顔見知りの司書が、その眉根をクッキリと寄せていた。
「すみません、急いでいるもので・・・」
本当に時間が無い。カウンターの脇をすり抜け、急ぐ足は止めずに謝る。
目的の資料の場所はだいたい分かっている。イルカは迷わず本棚の列へと足を進めた。
いろんな資料が整然と並べられている棚へ辿り着き、今日使う資料を探す。
(えっと・・・火遁・・・か・・・か・・・あ、あった!)
目的の資料を見つけ、棚からそれを抜き出す。そうして、急いで教室に戻ろうと踵を返した時だった。
目に飛び込んで来たその光景に、イルカはその動きを止めていた。
本棚の列の間に設置された、読書や勉強をする為の長机。その一角に長い足を組んで座り、資料を読んでいる人がいる。
(・・・カカシ先生?)
教え子だったナルトたちの上忍師だ。
子供たちの前でも平気で如何わしい本を読んでいる姿はよく見かけたが、今日のカカシは違っていた。
周囲にうず高く積み上げられた資料は、少し離れた場所に居るイルカの目にも、高度な術や多くの薬草が載った文献であると分かる。
カカシはそれらを一つ一つ確かめるように読んでは、巻物に何かを書き記していた。
初めて見る真剣なその表情に、イルカの口から自分でも気付かない内にほぅと感嘆の溜息が零れる。
(天才だから、じゃなくて、当然だけど努力もしてるんだ・・・)
いつも飄々とした姿しか見ていなかった。
唯一晒している右目を弓形に曲げてヘラリと笑みを浮かべて見せるカカシに、捉え所の無さを感じていたイルカは、カカシの事が少々苦手だった。
真面目な顔なんて一度も見た事が無かったのだ。そんなカカシに任せた子供たちの事が心配だった。
だが、どうだ。
今のカカシに、笑みなんてものは無い。
初めて見るカカシの真剣なその表情に、イルカはしばらくの間目が離せなかった。
口元に小さく笑みが浮かぶ。そうしてカカシを見ていたイルカだったが、しばらくしてハッと我に返った。
(・・・って、何見蕩れてるんだ俺はッ)
急いでいるのをすっかり忘れていた。
壁に設置された時計に慌てて視線を向ける。すると、授業開始まであと数分しかなかった。
「うわっ」
カウンターへと向かい、バタバタと貸し出しの手続きを済ませると、イルカは急いで図書館を後にした。
(・・・やっぱり凄い人なんだな)
廊下を早足で歩きながら、イルカは再び小さく笑みを浮かべていた。
カカシの評価を改めなければと思った。里の誉れと言われているだけはあったのだ。
意外な一面を垣間見れて良かった。
イルカはアカデミーの教室へと急ぎながら、嬉しさから緩む頬を抑える事が出来なかった。