愛されて 本当の愛を知らなかったオレに、あなたは愛される喜びを教えてくれた。 ふとした瞬間にカカシは思う。 (愛されてるんだよねぇ・・・) 見上げた空には、どんよりとした雲。 今日は一段と寒さが厳しいから、降るとしたら雨ではなくきっと雪が降る。 そんな時思うのは、恋人であるイルカの暖かいぬくもり。 寒い日、それとなくカカシの側に近寄ってくるイルカを、始めは人肌が恋しい淋しがり屋なのかと思っていた。 けれど。 多分、そうじゃない。 イルカは芯のしっかりした男だ。 淋しいという理由だけで側に寄ってくるような男ではない。 そのぬくもりをカカシに分け与えるかのようにそっと寄り添うイルカに、カカシはいつも心が暖かくなるのを感じていた。 愛されている。 触れ合っている肩や、腕。 そこから伝わるイルカの想いは、カカシを暖かく包んでくれるもので。 それまで本当の愛を知らなかったカカシに、イルカは溢れんばかりの無償の愛を注いでくれる。 クセになりそうなくらい心地よい、イルカの側という場所はもう手放せなくなるほどで。 愛される喜びを教えられたのだと思う。 イルカが織り成す真綿で包まれるような暖かいその場所に、そんな喜びが存在する事すら知らなかったカカシは当初、恐怖を覚えた。 このままここにいては弱くなってしまう。 見知らぬ世界に戸惑ったカカシはそう思ってしまった。 恐怖からイルカを遠ざけようとしたカカシに、それでもイルカは辛抱強く寄り添い、いつでも変わらぬ愛情を注いでくれた。 大丈夫、あなたは強い人だと。 繰り返し告げられるその言葉は、カカシの弱かった心を強くしていった。 イルカによって変えられた今なら分かる。 愛し愛されるという事は、人を強くする。 それまで刹那的な生き方をしていたカカシが、生に執着するようになった。 イルカの元へ帰りたい。 イルカと共に生きていきたい。 その想いはカカシを強くした。 (イルカ先生・・・) イルカを想い空を見上げたカカシの視界に、白いものがふわりと舞い落ちてくる。 ズボンのポケットに突っ込んでいた手を取り出し、それに掲げてみる。 手甲をした掌に受け止めたそれは、すぐに溶けて消えてしまった。 雪が降り始めていた。 降り始めた雪を見て寒さが増した気がしたカカシは首を竦めると、猫背をさらに丸め、イルカの待つ家へ急いで帰ろうと、足を速めようとした。 が、その前に。 向かおうとしていた方向から近付いてくる暖かな気配に気づいたカカシは、嬉しさからその頬を綻ばせた。 「イルカ先生」 手がかじかんでいるのか、はぁと白い息を両の掌に吐きかけながら近付いてくるイルカがそこにいた。 「遅いですよ、カカシさん。あんまり遅いんで迎えに来ちゃいました」 少し離れた所から声を掛けたカカシに気づいたイルカが、そう言って足早に近付き、ニカと笑みを浮かべる。 それにカカシもふと笑みを浮かべると。 「ゴメンね。ちょっと知り合いに捉まってた」 そう言いながらイルカの背を押して促し、共にイルカの家へと歩き始めた。 「・・・知り合いって、女性、ですか?」 隣を歩くイルカが、再度寒そうに掌に息を吐きかけながらチラとカカシに視線を向け、そんな事を聞いてくる。 「違いますよ。・・・何?嫉妬?」 イルカの胡乱気な視線を受け、可愛らしい仕草を見せるイルカについ、カカシの口元に笑みが浮かぶ。 「そりゃあ・・・、嫉妬くらいします。あなたはそれはそれは女性におモテになりますから?」 おどけた様に小首を傾げ、寒さで赤くなっていた頬をさらに赤くしたイルカが、正直に嫉妬していると告げたのが恥ずかしいのか、笑みを浮かべて見つめるカカシからすっと視線を逸らす。 そんなイルカを見て、カカシの笑みが深くなる。 (かわいい) どれほど魅力的な女性がカカシに近付いてきたとしても、カカシはそんな女性に目を向けたりはしない。 どんな女性であろうと、こんなにもカカシを虜にするイルカに敵うはずが無いのだ。 カカシは、イルカ以上に魅力的な人はいないと本気で思っているのだから。 「・・・オレは。イルカ先生にだけモテていればいいですよ」 雪がちらほらと舞う空を見上げてそう言うと。 「是非、そうして下さい」 そんなイルカの声が聞こえてきたと同時に、カカシのズボンのポケットにイルカの冷えた手が滑り込んできた。 おや?と眉尻を上げて隣のイルカを伺うと。 「・・・寒いんで」 と、真っ赤な顔をしたイルカが言い訳してきた。 吹き出しそうになるのを堪え、暖かくて狭いポケットの中で互いの指を絡ませる。 イルカに愛されている。 そして、カカシもイルカを愛している。 それを実感するのはこんな時だ。 カカシの中で溢れ始めた言葉を、ちょっと身体を傾げてイルカの耳元に顔を寄せ、 「・・・愛してますよ」 と告げると。 ふっと笑みを浮かべたイルカが、こちらも少し身体を傾げてカカシの耳元に顔を寄せ、 「それに関してはあなたにも負けません」 とこっそりと囁き返してきた。 愛しいイルカからそんな事を聞かされたカカシは苦笑しながら空を見上げると、その肩を大仰に竦めて見せた。 「全く・・・。あなたには敵いませんよ」 カカシのその言葉に勝ち誇ったかのようにヘヘと笑みを浮かべたイルカが、絡ませている手をポケットから取り出し先に立つ。 「早く帰りましょう?腹が減りました」 さっきからぐぅぐぅ鳴ってるんです。 眉を顰めてそう言ったイルカに力強く手を引かれ、危うくたたらを踏みそうになりながらカカシも足を進める。 「・・・食事の後にオレの空腹も満たして欲しいんですが?」 カカシの手をぐいぐいと引っ張るイルカにちょっと意地悪を言ってみたくなって、前を行くイルカへとそう問いかけてみた。 すると。 「・・・そりゃあ、もちろん。たっぷりと」 なんて答えがイルカの背中越しに返ってきて。 強気なその発言とは裏腹に、前を歩くイルカの、耳の先だけでなくうなじまでが真っ赤に染まっているのを見たカカシは、ついぷっと吹き出した。 「ホント、あなたには敵いません」 笑いながらそう言うカカシに、イルカの手がぎゅっと強く握り締めてくる。 随分と暖かくなったその手をカカシもきつく握り返すと。 「早く帰って飯とイルカ先生にしましょ?」 イルカを追い越して先に立ち、真っ赤な顔をしたイルカを振り返って、満面の笑みを浮かべながらそう言った。 |