嫌いの反対 『嫌い』の反対は―――。 風呂から上がったカカシが居間へ向かうと、そこに居たイルカから、苦笑交じりに嘘を吐かれたと告白された。 「嘘・・・?」 「そうなんです。可愛らしいものなんですけど、子供たちから嘘を吐かれてしまって・・・」 その頬を僅かに染め、鼻頭の傷を掻くイルカが、卓袱台の側に胡坐を掻くカカシへ「どうぞ」と湯呑みを差し出してくれる。 「・・・気を付けていたつもりだったんですが、すっかり騙されてしまいました」 差し出された湯呑みを「ありがと」と受け取りながら、カカシはその顔に小さく苦笑を浮かべていた。 (あぁそっか・・・) 今の今まで忘れていたが、今日は四月一日。罪の無い嘘なら吐いても良いとされる、いわゆるエイプリルフールだ。 アカデミーは春休み中のはずだから、受付所ででもからかわれたのだろう。 悪戯好きな子供たちが喜びそうなイベントであるが、アカデミー生は曲がりなりにも忍の卵だ。忍を目指しているからには、完璧に騙さなければならない。 嘘を吐いて誰かを騙す事も修行の一つとなるのだ。 その標的にイルカが選ばれた、という所なのだろうが、子供が相手となると甘い事で定評のあるイルカだ。すっかり騙されてしまったという所がイルカらしい。 いや。子供たちが頑張った成果と言うべきか。 子供たちから如何にして騙されたか。それを一生懸命に語るイルカの顔に、嬉しそうな笑みが浮かんでいる事に気付いたカカシは、その顔にふと小さく笑みを浮かべていた。 イルカの話に相槌を打ちながら湯呑みの茶を啜っていたカカシの顔から、不意に笑みが消える。 (そうだ・・・) 罪の無い嘘なら吐いて良いのなら、今日こそ言って貰えるのではないだろうか。 照れ屋でなかなか『好き』とは言ってくれないイルカでも、『嫌い』という嘘ならきっと言ってくれるはず。 「ねぇ、イルカ先生」 「はい?」 そう思ったカカシは、イルカの話を少しだけ遮らせてもらい、さっそくイルカへと問い掛けた。 「イルカ先生はオレの事どう思ってるの?」 唐突過ぎる質問だ。 しばらくの間カカシを見つめたまま呆然としていたイルカだったのだが、その内容をようやく理解したらしいイルカがボンッと顔を赤らめる。 「な・・・っ、急に何を言い出すんですか・・・っ」 動揺しているのか照れているのか。 わたわたと自らの湯呑みへ手を伸ばすイルカを見てカカシは苦笑する。 「いやほら。今日は嘘を吐いても良い日でしょ?だから、今日なら言ってもらえるかなーと思って」 「う・・・」 時々で良いから気持ちを口に出して言って欲しい。 折りに触れ、カカシがイルカへ願っている事だ。 嘘でも良いから気持ちを口に出して言って欲しいというカカシの願いに気付いたのだろう。イルカがぐっと詰まる。 だが。 「・・・言えません・・・」 俯くイルカの肩が徐々に下がっていき、それからしばらくして小さな声で告げられたのは、やはりというか、言えないという言葉だった。 それを聞いたカカシの苦笑が深くなる。 (やっぱりダメか・・・) イルカはかなりの照れ屋だ。 嘘だとしても、自らの気持ちを口に出して言う事はなかなか出来ないのだろう。 仕方が無いかと内心で溜息を吐いていたカカシの耳に、イルカの小さな声が再び聞こえてくる。 「・・・嘘でも『嫌い』だなんて言えません・・・」 それを聞いたカカシの深蒼の瞳がゆっくりと見開かれ、続いて、胸に溢れる愛おしさから切なく眇められる。 手に持っていた湯呑みを卓袱台の上へ置き、ゆっくりと立ち上がったカカシは、俯いたままのイルカへ歩み寄り、その腕を取った。 無言のままぐいと引き上げ、立ってと促す。 素直に立ち上がってくれたイルカの手を引くカカシが、そのまま寝室へと連れ込み、ベッドに押し倒すに至って、イルカはようやく身の危険を察知したらしい。 「ちょ・・・っ、カカシさん・・・っ!」 アンダーの裾から中へと忍び込もうとするカカシの不埒な手を、イルカの手が懸命に防御する。 「好きって言われるよりも、もっと凄い事言われちゃったんです。我慢なんて出来るわけないでしょ?」 そう言いながら首筋へと顔を埋めるカカシの耳に、「駄目です・・・っ」というイルカの言葉が聞こえてくる。 「今日はエイプリルフールですよ?『ダメ』なんて言っていいの?」 「・・・っ」 ふと意地の悪い笑みを浮かべるカカシがそう言ってみると、イルカは絶句してしまったようだった。 それでも諦めてはいないのか、カカシの手を阻みながら何やらうんうんと考える事しばし。 「じゃ、じゃあ!えっと・・・っ。・・・『もっと』・・・?」 カカシの深蒼の瞳が大きく見開かれ、その動きがピタリと止まる。 イルカの口から、初めて強請る言葉を聞かされたのだ。 嘘だと分かっていても、その破壊力は凄まじかった。カカシの中で何かがプツンと切れてしまう。 「・・・あの、カカシ・・・さん・・・?」 ゆっくりと顔を上げたカカシを、イルカが恐る恐るといった様子で見上げてくる。 怯えているらしいイルカへ安心させるように笑みを浮かべて見せたカカシは、それを見たイルカがホッと気を緩めた所で、掴んでいたイルカのアンダーを思い切り引き上げた。 それから。 イルカが気を失うまでイルカを貪ってしまったカカシは翌朝、イルカにこっぴどく叱られる事になったのだが、その顔には堪えきれない笑みが始終浮かんでいたという。 |