2010年カカ誕企画 忘れられてしまった誕生日 高い位置にある小さな窓から爽やかな秋空が覗いている。 執務室の隣に設置された資料室は、資料室と銘打ってはあるが、重要な書類から火影のメモまで置かれる書類置き場だ。 少し整理を怠っただけですぐ、どこに何の書類があるのか分からなくなってしまう。 (だから、『溜め込まないで下さい』ってあれほど・・・) イルカが、ここを整理して欲しいと火影から泣き付かれたのは初めてではない。 泣き付かれる度に苦言を呈するのだが、火影が多忙を極めている事を良く見知っている身としてはあまり強くも言えず、そして、頼まれたら断れないのがイルカだ。 つくづく損な性格をしていると書類の山を前に大きく溜息を吐き、吐き切った所で一つ気合を入れる。 そうして忍服の両袖を捲ったイルカは、書類の山を整理整頓する作業に移った。 ある程度纏めてあった書類の束を抱え、天井まで高くそびえる棚の前に立つ。 腕に抱える書類を仕舞おうと棚を見上げた所で、視界の隅に心惹かれる文字を見止めたイルカは、その動きをピタリと止めていた。 ―――忍者登録書。 木の葉の忍ならば、誰もが登録されている書類だ。 そんな書類にイルカが何故心惹かれたのか。 その原因となった出来事は、数ヶ月前にあったイルカの誕生日まで遡る。 ナルトたちから聞いたのだろう。恋人になったばかりのカカシから誕生日を祝って貰ったイルカは、カカシの誕生日も祝いたいと思い、いつなのか訊ねてみた。 答えて貰えるだろうと思っていたカカシの誕生日は、だが何故か、曖昧な言葉で誤魔化されてしまったのだ。 誤魔化されてしまうとそれ以上は訊ねる事も出来ず、気になりつつも数ヶ月が過ぎてしまったのだが―――。 (・・・見ていい・・・よな?) 忍者登録書には、誕生日も掲載されているはずだ。 腕に抱えていた書類を一旦足元に置き、イルカは棚にある忍者登録書に手を伸ばす。 分厚い書類の束を棚から引き出し、イルカよりもずっと若い番号で登録されていたカカシの忍者登録書を見つけ、それを読み進めるイルカの漆黒の瞳が不意に大きく見開かれる。 「・・・うそ・・・」 何という偶然だろうか。 カカシの誕生日は、あろう事か今日だった。 秋刀魚の塩焼きと茄子の味噌汁、それから冷酒。 夕飯時を迎えたイルカの家。その居間にある小さな卓袱台の上には、所狭しとカカシの好きな物ばかりが並べられていた。 任務から帰宅し、卓袱台の側に置かれた座布団に腰を下ろしたカカシが、口布を引き下げながら、その顔に嬉しそうな笑みを浮かべて見せる。 「どうしたの?オレの好物ばっかり」 本当に不思議そうにそう訊ねられ、二人分の箸を卓袱台の上に置いていたイルカは、その口元に小さく笑みを浮かべて見せた。 「・・・今日はカカシさんの誕生日ですから」 余計な事だったかもしれないと僅かに不安になりながらもそう告げると、驚いたのだろう。カカシの深蒼の瞳が僅かに見開かれる。 「・・・調べてくれたの?」 僅かに掠れた声でそう問われ、躊躇いながらも小さく頷く。 すると、そんなイルカを見たカカシは、ガシガシと銀髪を掻きながら俯いてしまった。 やはり余計な事だっただろうか。もしかするとカカシは、自分には誕生日を知られたくなかったのかもしれない。 何も言ってくれないカカシに不安を覚え、自分の一連の行動を後悔し始めたイルカの耳に、カカシの小さな声が聞こえてくる。 「ゴメンね、イルカ先生」 「・・・え・・・?」 何に対する謝罪だろうと小さく首を傾げるイルカの視界。俯いたままのカカシの口元に、小さく苦笑らしき笑みが浮かぶ。 「誕生日を教えてあげられなくてゴメンね?・・・忘れていたんです。自分の誕生日なのに」 母を早くに亡くした自分には、父から誕生日を祝って貰った記憶も数回しか無い。 俯いたまま、昔を思い出すように小さく首を傾げるカカシは、僅かに淋しさの滲む声でそう教えてくれた。 そして、父を亡くしてからは任務に明け暮れる日々を送るようになり、自分の誕生日はいつしか記憶から薄れていったのだとも。 「知らなかった」 そう言いながらようやく顔を上げたカカシが、苦笑が浮かんでいたその顔に面映そうな笑みを小さく浮かべて見せる。 「・・・誕生日を祝って貰うのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。・・・わざわざ調べてくれてありがと、イルカ先生」 深蒼の瞳を柔らかく細めるカカシから穏やかな声でそう告げられ、何度も首を振るイルカの瞳に涙が滲む。 過去を聞いて泣くなんて、カカシに失礼だ。 堪えても浮かんでしまう涙を隠すように俯くと、イルカの涙に気付いたのだろう。カカシの指先がそっと伸ばされ、慰めるかのように頬を優しく擽られた。 気を悪くしていないだろうかと、恐る恐る顔を上げたイルカの視線の先。 「暖かいうちに食べよ?」 優しい笑みを浮かべるカカシからそう促され、「はい」と小さく頷くイルカは、懸命に笑みを浮かべて見せる。 「いただきます」 そうしてカカシと共に手を合わせるイルカは、誰からも忘れられてしまっていたカカシの誕生日を、来年も再来年も必ず祝おうと心に誓っていた。 |