お年玉






何かと忙しくなる年の瀬、少々疲れ顔の綱手からSランク任務を拝命した直後だった。
「カカシ先生!」
執務室を出た途端、覚えのある気配の主から懐かしい敬称で呼ばれ、任務の打ち合わせに向かおうとしていたカカシの足がふと止まる。
振り返った先。
「・・・サクラじゃないの。久しぶりだねぇ」
少々背が伸びただろうか。腕に小さな紙袋を抱え、春を思わせる桜色の髪を揺らしながら駆け寄って来るサクラの姿を見止めたカカシは、その顔にふと柔らかな笑みを浮かべていた。
「ほんと、お久しぶりです」
そんなカカシの目の前。ゆっくりと足を止めたサクラから以前よりも高い位置から見上げられ、やはり背が伸びたのだと感慨深く思っていると、カカシが執務室から出て来た事と、軽くは無い装備を見てSランク任務に就くのだと判断したのだろう。
「・・・これから任務ですか?」
それまで浮かんでいた笑みを消したサクラから、心配そうにそう尋ねられた。それを聞いたカカシは、相変わらず聡いなと内心苦笑する。
「ん、ちょっと面倒臭いヤツにね」
Sランク任務はその内容全てが極秘扱いだが、サクラは火影である綱手の弟子だ。
これくらいは良いだろうと小さく苦笑しながらそう告げると、「あ」と声を上げたサクラが腕に抱く紙袋を探り、その中から掌に乗るほどに小さな桜色の袋を取り出した。
「これ。持って行って、カカシ先生」
「なぁに?コレ」
差し出された袋を受け取りながら小さく首を傾げるカカシがそう尋ねると、ニッコリと可愛らしい笑みを浮かべるサクラから「私が作った兵糧丸」と返され、カカシは一瞬動きを止める。
サクラは綱手の愛弟子であるが、まだまだ修行中の身だ。
変な効能が出るのではと、カカシが少々疑ってしまった事に気付いたのだろう。ムッとした表情を浮かべるサクラから、「師匠のお墨付きはちゃんと貰ってます」とも告げられ、それを聞いたカカシは苦笑する。
「ありがと」
サクラが懸命に考えて作っただろう丸薬だ。ありがたく受け取ったカカシが腰のポーチに袋を仕舞いながら礼を言うと、綱手の為に持って来た兵糧丸だったのだろうか。
「またね、カカシ先生。良いお年を」
一つ笑みを浮かべて見せながら執務室の扉に手を掛けるサクラからそう告げられた。
年末の挨拶なんて久しく聞いていなかった。
「ん」
柔らかな笑みを浮かべて頷くカカシを残し、執務室の扉を開けたサクラだったが、そのまま中に入るのだろうと思われたサクラがふと足を止め、踵を返そうとしたカカシも動きを止める。
何だと思う間もなく、扉の向こう側から悪戯っぽく顔を覗かせるサクラから「お年玉、期待してるから」と小さい声で告げられたカカシは、その深蒼の瞳を僅かに見張っていた。
「・・・え」
部下というものを持って初めて迎える年末年始であるが、お年玉をあげなければならないものなのだろうか。
困惑するカカシを余所に、ひらひらと片手を振るサクラが扉の向こう側に消える。それを見送ったカカシは、はぁと小さく溜息を吐きながらガシガシと銀髪を掻いていた。
なにぶん、これまで一度として部下を持った事が無いカカシだ。
勝手が全く分からず困った事になってしまったが、任務から帰還した後、サクラの元担任で最近恋人になってくれたばかりのイルカに相談すれば良いだろう。
そんな事を思いながら踵を返したカカシは、とりあえずと、拝命したばかりの任務へと向かった。




正月明け。
任務から帰還したその足でイルカの家へと向かったカカシが、年始の挨拶もそこそこにサクラの件を相談してみると、元担任だからだろうか。カカシの為のお茶を淹れてくれていたイルカは、呆れたような表情を浮かべながら盛大な溜息を吐いて見せた。
「もう一人前の忍だってのに」
カカシの前に湯呑みを置きながらそう口にするイルカの口元には、だが、言葉とは裏腹に苦笑が浮かんでおり、それを見たカカシは深蒼の瞳を柔らかく細める。
「兵糧丸のお礼としてならイイでしょ。・・・手伝ってくれる?イルカ先生」
温かな湯気を立ち昇らせる湯呑みを両手で包み込むカカシが、小さく首を傾げながらそう問い掛けてみると、苦笑を深めるイルカは「はい」と快く頷いてくれた。
「ちょっとでいいですからね」
イルカが用意してくれたポチ袋に、へのへのもへじを描こうとするカカシの傍ら。
手元を覗き込んで来るイルカからそう告げられるも、どれくらいの金額を入れれば良いのか分からず、そんな自分に気付いたカカシはふと小さく苦笑する。
「・・・そういえばオレ、お年玉って貰った記憶が無いんですよ。物心付いた頃には忍やってましたし・・・」
手元に視線を落としながらそう告げると、へのへのもへじを描くカカシの側に座っていたイルカがスッと離れた。そのままカカシに背を向け、何やらごそごそとやる事しばし。
「どうぞ」
そうして目の前に差し出されたのは、イルカが描いたのだろう。可愛らしいイルカが描かれたポチ袋だった。
「中忍の給料なんてたかが知れてますから、少ないんですけど」
それを見て深蒼の瞳を見開くカカシの視線の先。鼻傷を掻きながら照れ臭そうに笑うイルカからそんな事を言われたカカシは思わず、ポチ袋を差し出すイルカの手を引き、その温かい身体を抱き寄せていた。
「・・・ありがと」
お年玉を貰った記憶が無いと言った自分に、冗談のようにさり気無くお年玉を渡すイルカの優しさが嬉しい。
感謝を込めてぎゅっと抱き締めながら耳元で小さくそう告げると、笑ったのだろうか。腕の中にあるイルカの身体が微かに揺れる。
「これからも四季折々の色んな行事を一緒にやって行きましょうね、カカシさん」
穏やかな声で告げられた他愛ない約束。それを聞いたカカシの口元に面映い笑みが浮かぶ。
こうして正月を共に過ごしたり、一緒に桜を見上げて春の訪れを実感したり、夏の暑さを共に乗り越えたり、味覚の秋を堪能したり。
イルカと共に過ごしたい四季折々の光景は、きっと数え切れない程にある。
「ん」
そう返しながらゆっくりと顔を上げたカカシは、まずは秘め始めとばかりに、至近距離から見つめて来るイルカの唇へ深く甘い口付けを落とした。






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