炬燵






どうにも寒いと思っていたら、季節外れの雪が舞っているらしい。
「ぅわ。雪ですよ、カカシさん」
シャッと小気味良い音を立ててカーテンを開けたらしいイルカからそう言われるも、朝が弱いカカシは布団の中から顔を出そうとはしなかった。
「早めに出ないと遅刻するな・・・」
独り言だろうか。そんな言葉が小さく聞こえると同時に閉じた目蓋の裏側が明るくなり、カカシは頭の上まで引き上げていた布団を捲られたのだと知る。
「ほら。早く起きて下さい、カカシさん・・・って、うわ・・・っ」
近くなったイルカの声。瞳を閉じたままその方向へと両手を伸ばしたカカシは、手に触れたイルカの身体をぐいと引き寄せた。
突然の事で驚いたのだろう。均衡を崩し、カカシの上へと倒れ込んで来たイルカの身体を拘束する。
「・・・キスしてくれたら起きる・・・」
「・・・っ」
ベッドの上。深蒼の瞳を僅かに開けたカカシが掠れた声でそう告げてみると、低く潜めたその声で昨夜の情事を思い出したのだろう。小さく息を呑んだイルカが顔を赤く染めた。
「ば、馬鹿な事言ってないで、早く起きて下さい・・・っ」
そう言って腕の中から逃れようとするイルカを許さず、「ヤダ」と返したカカシは拘束する腕の力を強める。
「オレと一緒にもうちょっと寝ようよ、イルカ先生。ご飯食べなきゃもう少し寝ていられるでしょ?」
出勤するまでまだ時間があるはずだ。
ギリギリまで寝ていようと誘うカカシに対し返って来たのは、「食わずに行ったら倒れます!」という、なんともイルカらしい答えだった。
大勢の子供たちを相手にするアカデミー教師という仕事は大変だ。
イルカに倒れられては困ってしまうと、ちゅっと軽い口付けだけを落としたカカシは仕方なく拘束を解く。
そうして、自分は二度寝しようと布団を引き寄せると、そんなカカシを見下ろすイルカの眉間に深い皺が刻まれた。
次の瞬間。
「早く起きて下さいね!」
カカシが包まろうとしていた布団は、イルカの手によって大きく剥ぎ取られてしまっていた。




炬燵は魔物だ。
イルカに剥ぎ取られた布団に代わり、居間にある炬燵の暖かい布団に包まるカカシはつくづくそう思う。
上忍寮にあるカカシの自室では狭く、置く事の出来ない炬燵であるが、任務に追われ寝に帰るだけの自分には炬燵なんて必要無いと思っていた。
それがどうだ。
恋人であるイルカ宅の居間。そこに冬の間だけ置かれる使い古された炬燵を一度知ってしまったら、もうこの温もり無しでは冬を越せないなどと本気で思ってしまっている。
炬燵という狭い空間の中。橙色の淡い光に照らされるカカシは、早朝の肌寒い空気から逃れるべく、まるで猫のように身体を小さく丸める。
「・・・寝ないで下さいよ、カカシさん」
そうして、うとうとと心地良いまどろみの中を漂っていると、コトンと炬燵の上に何かが置かれる音と共に、そんな声が聞こえて来た。
朝食の準備を整えてくれているイルカだ。
「寝てませんよー」
間延びした声でそう答え、カカシはもうしばらくこの温もりを堪能しようと炬燵布団を引き寄せる。
だがイルカは、それを許してくれなかった。
「ほら、起きて下さい。準備が出来ましたよ」
朝食が整ったのだろう。カカシが包まる炬燵布団が数回叩かれ、カカシは眉根を軽く引き寄せる。
「・・・あと五ふ」
「駄目です」
あと五分寝かせて欲しいと願うも、声音を落としたイルカから却下されてしまった。
炬燵の温もりを味わう事とイルカの機嫌を損ねる事。
その両方を天秤に掛け、イルカの機嫌を損ねるのは得策ではないと判断したカカシは、包まっていた炬燵布団の中から深蒼の瞳だけを覗かせる。
窓から差し込む朝の眩しい日差しに瞳を眇めるカカシの視線の先。
「ん」
少々呆れ顔で覗き込んで来ていたイルカに、起こして欲しいと片手を差し出すと、そんなカカシを見下ろすイルカの顔に苦笑が浮かんだ。
水を使っていたからだろう。捲り上げていた忍服の袖を下ろしたイルカが、少し冷たい手でカカシの手を取り、暖かい炬燵の中から引き上げてくれる。
焼き魚に出汁巻き玉子、温かい湯気を立ち昇らせる味噌汁に艶々なご飯。
炬燵の上。忍術でも使ったのかと思う程に短時間で作られたそれらを前に、カカシはほぅと感嘆の溜息を零す。
「しっかり食べて下さいね。ちゃんと食べないと身体が起きませんから」
そう言いながら向かい側に腰を下ろすイルカから箸を差し出され、それを受け取るカカシは「ん」と笑みを浮かべる。
「美味しそ。いただきます」
イルカが早起きして作ってくれた食事だ。
感謝の意を込めて両手を合わせたカカシは、「上手く焼けたんですよ」と嬉しそうに笑うイルカが言う焼き魚へと、さっそく箸を伸ばした。