星空の下で






木の葉の里で最も大きい木の葉神社は小高い丘に位置している。
すっかり日も暮れ落ちた頃。今にも降り出しそうな曇天の下、誰も居なくなった神社へと一人やって来たイルカは、持っていた鞄を足元に下ろし、暗闇の中に浮かび上がる大きな社の前で両手を合わせた。
(カカシさんが無事に帰還しますように)
拍手を打つ事こそしなかったが、こんな夜更けに願い事をしに来る者は滅多に居ないだろう。神様も聞き届けてくれるはずと、瞳を閉じるイルカは時間を掛けて熱心に願う。
アカデミーで残業した帰り。少々難しい任務に就いているらしいカカシの無事を祈り、木の葉神社へ参拝するようになって数週間が経つ。
受付所にも勤務するイルカであるが、全てが極秘扱いとなるSランク任務の内容を把握する事はさすがに出来ない。
里一番の忍と謳われるカカシの事だ。
今回の任務も無事に遂行して戻って来てくれると信じてはいるが、心配してしまうのはもう癖のようなものなのだろう。
こうして祈るのも気休め程度であるが、ただ待っているよりはマシだと、イルカは毎晩欠かす事無くこの神社に参拝している。
(・・・よし)
白い息を大きく吐き出しながら長時間に渡る祈りを終えたイルカは、足元に置いていた鞄を拾い上げた。家に帰ろうと振り返る。
振り返った先。
「ぅわ・・・」
小高い丘に位置している神社から見える里の灯りが、まるで星空のように輝いている事に気付いたイルカは思わず、ほぅと感嘆の溜息を零していた。
真っ直ぐ帰るのはもったいない。
家に帰っても誰も居ないのだからと、社の縁側にゆっくりと腰掛けたイルカは、手に持っていた鞄を傍らに置いた。そこから光り輝く里の星たちを眺める。
鼻頭が痛くなるほどに寒いが、静かで穏やかな夜だ。
(・・・どうしてるかな・・・)
カカシは今頃どうしているだろうか。
眼下に広がる温かな里の灯に、ふと淋しさを覚えたイルカが白い息を吐き出した時。
「・・・イルカ先生?」
「・・・っ」
少しくぐもってはいたが、聞き間違えるはずもないカカシの声がイルカの耳に届いた。どこから聞こえて来たのだろうかと、急いで立ち上がったイルカの視線の先。
「やっぱりイルカ先生だ」
暗部のみが纏う事を許されたマントを翻し、どこからともなく降り立ったのは、顔に掛けた暗部面から銀の髪を覗かせるカカシだった。
「カカシさん・・・っ」
その姿を見止めたイルカの顔がぱぁと明るく綻ぶ。
「どうしてここに?任務は終わったんですか?」
側に歩み寄って来るカカシへと矢継ぎ早に質問するイルカの目の前。顔に掛けていた面を外したカカシが、ふと小さく苦笑を浮かべて見せる。
「火影様へ報告した帰りに見掛けたんです。イルカ先生の方こそ、どうしてココに?」
そう問い掛けながら鋭い鉤爪の付いた手甲を片手だけ外したカカシが、その指先をそっと伸ばして来る。
「ずっとココに居たの?鼻が真っ赤ですよ」
頬に触れたカカシの指先が随分と温かく感じられ、イルカはそれだけ自分の鼻が赤くなっているのだと知る。
「カカシさんの無事を祈ってました」
鼻を真っ赤にさせているなんて、子供のようで恥ずかしい。
面映い笑みを浮かべるイルカが鼻頭の傷を掻きながらそう返すと、それを聞いたカカシの眉根に小さく皺が寄った。
「祈ってたって・・・もしかして、毎晩ですか?」
小さく首を傾げるカカシからそう問われ、イルカの顔から笑みが消える。
カカシの無事を毎晩祈っていたのは事実だが、それはイルカが勝手にやっていた事だ。肯定すれば、カカシに負担を感じさせてしまうかもしれない。
だが、カカシに嘘を吐くなんて事がイルカに出来るはずもなく、是とも否とも返せず困ってしまったイルカは、しゅんとうな垂れる。
「・・・すみません」
先ほどまでの喜面はどこへやら。眉尻を下げて謝罪の言葉を口にしたイルカへ、ふと小さく苦笑して見せたカカシが、イルカの冷たくなっている手をそっと握る。
「どうして謝るの。嬉しいですよ」
いつもとは逆に温かいカカシの手。それに導かれたイルカは、先ほどまで座っていた社の縁側に腰掛けた。その隣にカカシも腰を下ろす。
「でも、今度からは昼間にして下さいね。こんなに冷えて・・・」
指先の感覚が無くなっているイルカの手。それを片手で包み込んだまま離れて行こうとしないカカシの手から、イルカの身を心配するカカシの気持ちが伝わって来る。
「寒かったでしょ?」
小さく首を傾げるカカシからそう問われ、それを聞いたイルカは苦笑しながら首を振った。
イルカよりも、任務に出ていたカカシの方が寒い日々を過ごしていたはずだ。
「お帰りなさい、カカシさん」
カカシの優しい気遣いや、無事の帰還が嬉しい。
柔らかな笑みを浮かべるイルカが、まだ告げていなかった言葉を告げると、ふと目元を綻ばせるカカシから本当に嬉しそうな笑みを向けられた。
「ん。ただいま、イルカ先生」
そんなカカシを見て、イルカの顔に浮かんでいた笑みも深くなる。
だが、イルカが笑みを浮かべていられたのは短い間だった。
「・・・ねぇ、イルカ先生」
困ったように眉尻を下げるカカシから名を呼ばれ、イルカは小さく首を傾げて見せる。
「ちょっとコレ下げて?キスしたいから」
「・・・っ」
カカシが下げて欲しいと言っているのは、口布の事だろう。
握っているイルカの手を離せば自分で下げる事だって可能だというのに、甘えた声でそう強請られたイルカは、その顔をこれ以上無いほどに赤く染めた。
(も、もう・・・っ)
カカシに強請られたら断れない。
それを分かっていて強請るカカシは、きっと確信犯だ。
早く早くと急かすカカシの深蒼の瞳を責めるように一つ睨み、イルカはカカシに握られていない方の手を掲げた。冷たい手が肌に触れないよう注意しながらカカシの口布の端に指先を掛け、ゆっくりと引き下げる。
「・・・っ、ん・・・っ」
カカシの端正な顔があらわになると同時に、握られていたイルカの手が引かれ、カカシの胸元に倒れ込んだイルカの唇に熱い熱い口付けが落とされた。
久しぶりだからだろうか。外だというのに、いつになく濃厚な口付けだ。
「ぁふ・・・っ、ン、んん・・・っ」
イルカの腰にカカシの腕が回され、ぐっと引き寄せられる。そうして舌先を強く吸われたイルカは、カカシが身に纏うマントをぎゅっと掴んだ。
カカシに懸命に付いて行こうとするイルカの息が上がり始め、冷えていたイルカの身体が徐々に火照って行く。
イルカの身体の熱が完全に上がった頃。
「・・・おうちで続き。ね?」
ようやく口付けを解いてくれたカカシから耳元でそう囁かれたイルカは、その身体の熱をさらに上昇させていた。
いつの間にやら季節外れな雪が舞い始めていたが、一度火照ったこの身体は、この寒さでも冷めそうにも無い。
カカシのマントに顔を埋めたイルカは、恥ずかしがりながらも小さく頷いた。