2012年イル誕 終わり良ければ全て良し 今日は誕生日だというのに朝からついてない。 受付所へと続く廊下を歩くイルカは、ふと小さく溜息を吐く。 昨夜まで元気に動いてくれていた目覚ましが、今朝になって止まっており、少しではあったが寝坊してしまったのだ。 急いでアカデミーへと向かい、授業開始前に行われる職員会議には何とか間に合ったものの、就業時刻ギリギリだったからだろう。会議の冒頭、教務主任からもう少し余裕を持って行動するようにと注意を受けてしまった。 穏やかな事で知られている教務主任からの滅多に無い注意だ。凹んだなどというものではない。 廊下の窓から窺える外はどんよりとした雲に覆われており、昨夜から降り続いている雨がイルカの気鬱を増長しているが、これから向かう受付所で凹んだ顔は見せられない。 (いつまでも落ち込んでいたら駄目だ!) 駄目な所があるのなら直せば良いのだ。 気持ちを切り替えていかなければと、気を引き締めるイルカが受付所に入ると、何かあったのだろうか。人で溢れる受付所内はいつになく騒然としていた。 「イルカ先生」 そんな中、人ごみを器用に避けて近付いて来るカカシの姿を見止めたイルカの顔に、ぱぁと笑みが浮かぶ。 この春に知り合ったカカシとは、つい最近恋人として付き合い始めたばかりだ。 思いがけず会えた事を喜ぶイルカだったが、これから任務に就くのだろう。カカシの装備が軽くない事に気付き、イルカの顔から笑みが消える。 「ちょっとこっち」 そんなイルカを受付所の外へと連れ出したカカシから、申し訳無さそうに「ゴメンね」と謝罪されたイルカは、嫌な予感というものに襲われる。 「急な任務が入って、今夜の約束は守れそうに無いんです」 「・・・っ」 唯一見えている右の眉尻を下げるカカシからそう告げられたイルカは、思わず小さく息を呑んでいた。 今日が自分の誕生日である事を、イルカはまだカカシに伝えていない。今夜カカシに会った時にさりげなく伝えるつもりだったからだ。 もう良い大人だ。 ささやかで良い。カカシにおめでとうと言って貰えるだけで良いと思っていたのに、意地悪な神様はそれすらも与えてはくれないらしい。 (今日はつくづくついてないな・・・) カカシに祝って貰えなくなった事を知り内心落ち込むイルカは、だが、それを綺麗に押し隠した。 「任務なら仕方ないですよ」 小さく苦笑を浮かべるイルカがそう告げると、それを聞いたカカシの深蒼の瞳が慈愛の色を増す。 「ホントにゴメンね、イルカ先生」 再度謝罪されたイルカは、ふるふると小さく首を振った。 「気にしないで下さい」 カカシは大事な任務前だ。 気掛かりを作ってはいけないと、イルカは笑みを浮かべてカカシを任務に送り出した。 一年に一度しかない誕生日であるが、カカシが居ないのでは早く帰っても仕方ない。 アカデミーで残業する事にしたイルカは職員室に一人残り、テストの採点をしながら、ふと小さく溜息を吐く。 去年までは誕生日を一人で過ごすのが当たり前だったのだ。 (・・・淋しいのなんて慣れっこだろ) そう自分を慰めるイルカが、今日中に採点を終わらせてしまおうとテスト用紙を一枚捲った時。 「良かった。ココに居た」 「・・・っ」 開けたままにしておいた職員室の扉の影から、ここに居るはずの無いカカシが姿を現した。その姿を見止めたイルカの漆黒の瞳が、驚きに大きく見開かれる。 「探しましたよ、イルカ先生」 どうしてここにカカシが居るのだろうか。 その疑問が顔に出ていたのだろう。 「昼間会った時のイルカ先生の様子が気になって、急いで任務を終わらせて帰って来たんです」 驚きで動けないイルカの側へと歩み寄って来たカカシが、そう言いながら手甲に覆われた手を差し伸ばす。 「・・・今日は約束破ってゴメンね」 少し冷たいカカシの指先で頬を擽られたイルカは、その顔をくしゃりと歪ませていた。 急いで帰って来てくれたのだろう。木の枝にでも引っ掛けたのか、カカシの忍服が所々薄汚れている。 今日はもう会えないだろうと思っていただけに、カカシが急いで帰って来てくれて凄く嬉しい。 カカシを見つめる漆黒の瞳に涙を滲ませるイルカは、ふるふると首を振って見せながら、目の前にあるカカシのベストの裾へと手を伸ばした。 「実は今日、俺の誕生日なんです」 僅かに震える声でそう告げた途端、カカシの深蒼の瞳が見開かれる。 次の瞬間。 「・・・っ」 早く帰って来てくれて嬉しいと続けようとしていたイルカの身体は、カカシの力強い腕の中に捕らわれていた。息も吐けない程にきつく抱き締められ、続く言葉を告げられなくなる。 「・・・コラ。そういう事はもっと早く言わなきゃダメでしょ?」 腕の力を少し緩めてくれたカカシからそう叱られてしまい、「すみません」と返すイルカは小さく苦笑する。 イルカの誕生日を祝えなかった事を悔やんでいるのだろう。 「来年は盛大に祝いますからね。プレゼントも二年分用意しますから覚悟しておいて下さい」 本当に悔しそうな声でそう続けられたイルカは、ついつい笑ってしまっていた。 イルカはただ、おめでとうと言って貰えたらそれで充分なのだが、今年はもう言って貰えないのだろうか。 カカシに抱き締められたまま、壁に掛かる時計へチラと向けられるイルカの視線。 見なくてもそれに気付いたのだろう。日付が変わってしまう直前。 「誕生日おめでと、イルカ先生」 やっと身体を離してくれたカカシから、柔らかな笑みと共に告げられたその言葉は、ついていなかったイルカの一日を覆す程の威力を持っていた。 |