4周年記念SS
葉書き






そろそろ梅雨も明けようかという七月初旬。
転がり込んでいる恋人宅に任務を終えたカカシが帰宅してみると、その玄関先で、愛しいイルカが仁王立ちして待ち構えていた。
話がありますと低く言われ、額当てを取り去るカカシは、居間にある古びた卓袱台の前に腰を下ろす。
そうして、「これは何ですか」という言葉と共に差し出されたのは一通の葉書き。
女性らしい差出人の名に見覚えは無いが、間違いなくカカシに宛てられたものだ。
「・・・葉書き、ですね」
見たままの事を述べると、「そんな事は見れば分かりますッ!」と声を荒げたイルカが、問題はこちらだと言わんばかりに葉書きを裏返す。
裏返した先にあったのは、遊郭の華である花魁の艶やかな姿絵と、その隅に、「久しぶりに会えて嬉しかった。また会いに来て下さいね」と女性らしい柔らかな筆跡で書かれた文字。
見覚えのある姿絵と、身に覚えがある文章だ。
それを見たカカシはイルカの勘違いにようやく気付く。
そう。勘違いだ。
イルカはカカシが遊郭へ行き、浮気をしたと疑っているのだろうが、カカシは誓って浮気などしていない。
姿絵に描かれている花魁は、その昔、カカシが任務で遊郭を訪れた際に知り合った女性だが、情報を提供してもらう代わりに足抜けを手伝い、それ以来、つい最近まではどこに住んでいるかも知らなかったくらいだ。
そんな彼女と任務で訪れた地で偶然会ったのがつい数週間前。
懐かしい昔話にひと時花を咲かせて来たが、妓楼一の花魁と謳われていた彼女は今や、足抜けする切っ掛けとなった男性と夫婦となり、ナルトを彷彿とさせるやんちゃ盛りな一児の母だ。
(まったく・・・)
やんちゃなのは母親譲りかとカカシは内心溜息を吐く。
仲睦まじい夫婦にあてられ、自分にも里に大切な恋人が居ると、うっかり口を滑らせたのが拙かったのだろう。
こんな葉書きを送って来るなんて思ってもおらず、愛しい恋人から責めるように睨まれるカカシは、これは困ったと銀髪を掻く。
とりあえずは、イルカの勘違いを解かなければ。
生が付くほど真面目なイルカの事だ。このままでは「別れる」と言い出しかねない。
姿勢を正すカカシは、イルカの誤解を解くべく、怒りを纏うイルカの漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめる。
だが、カカシが事の次第をイルカに説明する事は出来なかった。
「・・・やるもんか・・・」
「え・・・?」
イルカから唸るように何かを告げられたからだ。
良く聞き取れず、小さく首を傾げて返したカカシを、イルカの煌く漆黒の瞳がギンッと見据える。
「俺は絶対に別れませんからね!別れてなんかやるもんか・・・ッ!」
そうして、叫ぶように告げられたその言葉を聞いた次の瞬間。
「・・・っ、何笑ってるんですか・・・ッ!」
「ゴメ・・・っ、だって・・・っ」
別れ話を切り出されるという最悪な状況しか予想していなかったからだろう。イルカの口から絶対に別れないという言葉が出た途端、カカシは思わず噴き出していた。
かつてない程に笑いが込み上げ、イルカには悪いと思いつつも、笑いを堪える事が出来ずに苦しくなる。
だが、訳も分からず盛大に笑われてイルカの機嫌が急降下している。
これはいけないと、懸命に笑いを堪えるカカシが事の次第を説明し始めると、誤解だと分かってくれたのだろう。彼女と任務先で偶然会ったという話をする頃には、イルカは真っ赤になって俯いてしまっていた。
事の次第を全て話し終えた後。
「・・・ごめんなさい」
俯いたままのイルカから消え入るような声で謝罪され、それを聞いたカカシは、ふと小さく苦笑する。
「ううん。オレの方こそゴメンね?彼女の事をちゃんと話しておけば良かった」
ここ最近、二人の間で会話が足りていなかった。
カカシの多忙が原因だが、彼女に会った事を話していなかったのはカカシの怠慢でしかない。
怒りの方が強かったようだが、この葉書きを見た時、イルカの中に哀しみも込み上げたはずだ。
イルカが大切だと思うのなら、多忙を理由に会話を怠っては絶対に駄目だ。
そう心に刻み込み、カカシはイルカの膝の上に置かれている手をそっと握る。
「イルカ先生」
浮気を疑いながらも、別れないと言ってくれたイルカの言葉が凄く嬉しい。
「絶対に別れないって言ってくれて凄く嬉しかった」
柔らかな笑みを浮かべるカカシがそう告げると、恥ずかしいのだろう。俯いたままのイルカの顔がさらに赤味を増した。
怒りに任せて発せられた言葉だが、恐らくイルカの本音だ。恥ずかしがっているのが何よりの証拠であり、そんなイルカが愛しくて堪らない。
握っているイルカの手をそっと引き寄せ、カカシは暖かいその身体を抱き締める。
「好きですよ、イルカ先生」
囁くようにそう告げながら俯いたままのイルカの額に口付けると、イルカの顔がようやく上がった。さらなる口付けを強請るように見つめられ、深蒼の瞳を柔らかく細めるカカシは、イルカの唇にもそっと口付けを落とす。
そうして始められた仲直りという名の営みは、いつになく甘く優しいものとなった。







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