2014年カカ誕 分岐点 カカシはこれまで、数え切れない程の”分岐点”に立っている。 人生の―――などではなく、まさに命の分岐点だ。 一度でも選択を間違えれば人生が終わる。 そんな命懸けの分岐点に何度も立つうち、色んな事が麻痺してしまったのだろう。カカシが成人を迎える頃にはもう、嬉しいとか悲しいとか、そういう感情というものを殆ど抱かなくなっていた。 友人たちを始め、周囲が心配してくれている事は知っていた。 感情を取り戻す方法を模索してもみたが、一度失った感覚を取り戻すのは容易ではなく、カカシには任務を無事完遂する事以外に周囲を安心させる術がなかった。 自分は大丈夫だと自らにも言い聞かせるかのように任務に明け暮れる日々。 そんなカカシの姿が目に余ったのだろう。ある日カカシは、火影から上忍師になるようにとの命を受けた。 他人の人生を断ち切ってばかりいた人間が、未来ある子供たちを正しい道へと誘導する事など出来るのだろうか。 葛藤はあったが火影の命では断れない。 上忍師として何人かの子供たちに試験を課したが、忍である前に人であれというカカシの関門を突破する子供はなかなか現れなかった。 そもそも、カカシ自身でさえ克服出来ていない関門だ。 子供たちに課する前に、自分自身が克服するのが先ではないだろうかと思い始めた矢先、四代目火影の遺産であるナルトを含む子供たちが、その関門を見事突破して見せた。 嬉しいという感情が沸き立つのを久々に味わったのがこの時だ。 克服など出来ないのではないかと思われていた難関に、突破口という名の希望を見出した瞬間でもある。 ナルトたちは何故カカシの試験に見事合格して見せたのか。 その答えはすぐに見付ける事が出来た。 忍である前に人であれ―――。 カカシが克服すべき関門を、子供たちの元担任であるうみのイルカが、まさに体現している人物だったのである。 いつものようにイルカと共に飲んだ帰り道。 「・・・今思えば、あの時が”人生の分岐点”というヤツだったんだと思います」 中秋の名月を背に負うカカシは、そう言いながら一歩前へ足を踏み出した。踏み出した先に居るのは、戸惑った表情を浮かべているイルカだ。 「あの時あなたに出会わなかったら、今頃オレは・・・」 死んでいたかもしれない。 言葉は濁したが、カカシの声と表情で読み取ったのだろう。イルカの表情に変化が生まれた。 そんなイルカを見つめるカカシの深蒼の瞳がふと和らぐ。 (イルカ先生は優しいね) その優しさに付け込む自分をどうか許して欲しい。 心の中で謝罪するカカシは、月の光を受けて佇むイルカへとさらに足を踏み出した。イルカの漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめる。 イルカに出会った事でカカシの人生は大きく変わった。 嬉しいに始まり、怒りや悲しみ、苦しさまで味わう事になったのだから、人生というものはどう転ぶか分からない。 「イルカ先生」 最初は嬉しいという感情を思い出させてくれた。 次に、子供たちの身の安全を最優先とし、自分の身の安全は後回しにするイルカに怒りを覚えた。 そして、友人と言えるだろう仲になってもイルカから頼って貰えない悲しみを教えられ、イルカへの恋心を自覚してからは苦しいばかりだった。 「もっと側に行ってもイイ?」 「・・・っ」 手を伸ばせば届く距離でそう尋ねてみると、小さく息を呑んだイルカはすぐさま首を振った。 想定内の反応だ。想定内だが、恋しい相手から拒絶されるのはやはり堪える。 友人でも良いではないか。 イルカを失う事を最も怖がる自分がそう訴えて来るが、友人ではもう駄目な事を一番良く知っているのも自分だ。 「でもね、イルカ先生」 恐怖で震えそうになる声を叱咤しながら、そう言って苦笑を浮かべるカカシは、小さく首を傾げて見せる。 「もっと側に行かなきゃ、オレはもう生きていけないみたいなんです」 イルカへの恋心を自覚してからも、死ぬまで友人の立場で構わないと思っていた。 苦しい恋心を抱えたままでも構わないと思っていた。 恋心を伝えてイルカを失うくらいなら、死ぬまで完璧に友人を演じてみせよう。自分なら演じられる。そう思っていたのだ。 ―――イルカに縁談が持ち上がるまでは。 「だから、結婚なんてしないで・・・っ」 あれだけ叱咤したにも関わらず、小さく発した切なる願いは大きく震えてしまっていた。 情けなくなっているだろう顔を見られたくない。 ついに言ってしまったと恐怖に震える唇を手の甲で押さえるカカシは、大きく目を見開いているイルカの姿を自らの死角へと移動させる。 これで最後だ。イルカを失わない為にやれる事は全てやった。 イルカの優しさに付け込み、日付が変わって今日がカカシの誕生日だという事も既に伝えてある。 (・・・怖い・・・) 卑怯な手を使ったからだろうか。イルカが次に発する言葉が怖い。 命の分岐点に何度立とうとも、これ程の恐怖を感じた事など無かった。 震える息を細く吐くカカシは、自分に受け入れる覚悟をさせる。 イルカを失いたくないと強く思っているが、イルカの幸せを何より願っているのも本当だ。 子供好きなイルカの”温かい家庭を築きたい”という願いを奪う権利はカカシには無い。 だが、迷うようなら話は別だ。付け込む隙があるのなら、全力で奪いに行く。 少しで構わないから結婚を迷って欲しい―――。 自分の全てを掛けて分岐点に立ったカカシの切なる願いが、奇跡的に叶えられる事をカカシが知るのは、それからすぐの事である。 |