2016年イル誕 ありふれた日々 今年もイルカの誕生日がやって来た。 カカシが火影の座をナルトに譲って早数年。現役をほぼ引退したような形になりつつあるカカシと違い、イルカは今も引く手数多な現役のアカデミー教師だ。 自身の誕生日である今日も今日とて、入学したての小さな子供たちを引き連れて郊外学習の真っ最中である。 「よーし、全員集合!」 季節を先取りしたかのような暑さの中、イルカのその掛け声を合図に、バラバラだった子供たちが一斉に駆け寄って来る。 壊滅状態だった第三演習場が復旧したのは、カカシが火影に在籍している間だったと記憶している。 昔の面影こそ無いが、昔と変わらず子供たちの良い学び場になっているのだろう。きちんと整列した子供たちを前にどこか懐かしい想いを抱くカカシは、その口布の下、面映い笑みを小さく浮かべていた。 「今日は特別に、六代目様が演習を見てくださる事になった」 イルカのその言葉と同時に、いくつものキラキラとした眼差しがカカシへと向けられる。 「こんな機会は滅多にないんだぞ。いつも以上に気合を入れて演習に望むように」 火影の名を冠した者は総じて、子供たちにとって憧れの存在なのだとイルカから聞いている。威厳というものを出すべきだろうかと悩んでいると、キラキラとした眼差しの中に、僅かであるが不安そうな眼差しもある事に気が付いた。 六代目火影を前に緊張しているのだろう。肩に力が入った状態では演習に支障が出るかもしれないと判断したカカシは、威厳などというものは綺麗に隠し、ニッコリと柔らかな笑みを浮かべて見せる。 「それでは、組み手始め!」 その笑みで多少なりとも緊張が解けただろうか。イルカの言葉を合図にペアを組んで組み手を始める子供たちは、入学したてとは思えない演習でカカシを大いに楽しませてくれた。 イルカの言う事を何でも聞く。 長年連れ添っている恋人の誕生日にカカシがプレゼントとして贈ったものの一つだが、どうやらこのプレゼントは大いに喜んで頂けたらしい。 演習の見学に始まり、子供たちの前でイルカと共に演武を披露した後はアカデミーの食堂で子供たちと一緒に食事を摂ったりと、イルカらしい要望ばかりが伝えられた。 結果的にほぼ丸一日イルカと共に居る事になり、カカシにとっても喜ばしい一日となった訳だが、イルカの恋人としては、子供たちの為ばかりではなく、自分の為にも何か要望して欲しい所である。 「イルカ先生」 終業直後。深々と頭を垂れる大勢の先生方に見送られながらイルカと共にアカデミーを出た所で、カカシは先を歩くイルカへと声を掛ける。 「はい?」 高く結った黒髪を揺らして振り返ったイルカの背に手を添えながら、他に聞いて欲しい事は無いかと尋ねてみると、しばらく考え込んだイルカから思いもよらない答えが返って来た。 「一緒にご飯が食べたいです」 可愛らしくも慎ましい要望だ。それを聞いたカカシの顔に苦笑が浮かぶ。 「それじゃ、いつもと変わらないじゃないですか」 互いに仕事が入らなければ、ほぼ毎日のように食事を共にしているのだ。一年に一度しかない誕生日なのだから、もっと特別な何かを―――。 「いつもと一緒だからいいんじゃないですか」 柔らかい笑みを浮かべたイルカの、その言葉を聞いたカカシの深蒼の瞳が僅かに見開かれる。 「一緒にご飯が食べたいです」 再度告げられたイルカのその小さな小さな願いは、戦いに明け暮れていたカカシをずっと待ってくれていたイルカだからこその願いなのだろうと思う。 命の危機を幾度か乗り越え、ようやく訪れた穏やかな日々。 今の生活は、他人にとってはありふれた日々だとしても、イルカにとっては待ち望んでいた日々なのだろう。 それはカカシとて同じだ。 何より、愛しいイルカからの可愛らしい要望を無碍にするなど、カカシにとっては言語道断である。 「ん、分かりました」 沸き起こる愛しさから深蒼の瞳を柔らかく細めるカカシがそう告げると、それを聞いたイルカは、それはそれは嬉しそうに笑ってくれた。 それだけではない。 「・・・っ」 口布越しではあったがイルカから軽く口付けられ、滅多にイルカから口付けられる事の無いカカシは思わず動揺してしまう。 そんなカカシが可笑しかったのだろう。ぷっと小さく吹き出した後、面映い笑みを浮かべるイルカから「今日のお礼です」と言われてしまったカカシは、今すぐにでもイルカを持ち帰りたい衝動と熾烈な争いを繰り広げる事になった。 だが、一緒にご飯が食べたいと要望されたばかりだ。カカシには耐えるという選択肢しか残されていない。 「・・・イルカ先生ひどい」 おどろおどろしい言葉と共に恨みがましい眼差しを向けると、確信犯なのだろう。カカシが惚れ込んだ満面の笑みが返って来て脱力してしまう。 (参った) そんな可愛らしい笑みを見せられたら、諸手を挙げて降参するしかないではないか。 惚れた弱みだなと内心苦笑するカカシは、楽しそうに笑うイルカの後姿を追い掛ける。 せめてもの意趣返しにとイルカの腰を抱くように引き寄せると、先ほどまでの大胆さはどこへやら。耳朶まで赤く染めるイルカを見て、もう何度目か知れない恋に再度落ちてしまう。 ミイラ取りがミイラとはこの事だ。 意趣返しのつもりが、イルカを持ち帰りたい衝動と再度戦う羽目になってしまったカカシであるが、伊達に火影を名乗っていた訳ではない。 身の内を蝕む衝動を辛うじて抑え込む事に成功したカカシは、イルカの腰を抱いたまま、赤く染まっているイルカの耳元に唇を寄せた。 そうして注ぎ込むのは愛の言葉。 「好きですよ、イルカ先生」 「・・・ッ」 カカシのこれは確信犯だ。 イルカが自分の潜めた声に弱いと知っていてやっている。 「カカシさんッ!」 耳元を掌で隠すイルカが抗議の声を上げ、カカシの腕の中から逃れようとする。 そんなイルカを許さず、ガッチリと捕らえて離さないカカシは、「さ、ご飯食べに行きましょうねぇ」と軽やかに歩みを進めた。 |