夢の中で 昼夜問わず任務に明け暮れていたカカシは、とても疲れていた。 それに、請け負う任務がSランクばかりで、片恋しているイルカにももう随分と会ってなくて。 夢の中でくらいイルカと会いたいと思いながら、任務で疲れた身体を抱えて眠ったら。 本当にイルカが出てきてくれた。 「お疲れ様です、カカシ先生」 受付所なのだろう。見慣れたカウンターに座ったイルカが、可愛らしい笑みを浮かべながらそう言ってくる。 夢らしく、周りには誰もいなくてカカシとイルカの二人きり。 「ん。イルカ先生もお疲れ様」 そんな美味しい状況に内心喜びながら、カカシもイルカへと笑みを返すと、そう言って手に持っていた報告書を差し出した。 カカシからそれを受け取ったイルカが、いつものようにチェックを始めながら声を掛けてくる。 「最近、任務が立て込んでてお疲れのようですね。大丈夫ですか?」 イルカに心配してもらったのが嬉しくて、カカシの口布に隠された頬が緩む。 「大丈夫ですよ。どれほど大変な任務でも、終わったらこうやってイルカ先生が笑顔で労わってくれるでしょ?それだけでオレの疲れなんてどこかに吹き飛びます」 そんな事を言ってみると、報告書から顔を上げたイルカが、少し頬を染めて恥ずかしそうな表情を向けてきた。 「・・・カカシ先生。そういう事はお付き合いされてる女性に言って下さい」 イルカはカカシの事を相当な女たらしだと思っているらしく、カカシの言葉をまともに受け取ってくれた試しが無い。 夢の中でも相手にしてもらえないのかと思うとちょっと悲しくなったが、でも、夢の中だからこそ、現実にはなかなか出来ない事もしてしまおうと、 「付き合ってる女なんていませんよ。今はイルカ先生一筋です」 イルカの目を真っ直ぐに見つめ、カウンターの上に置かれたイルカの手をそっと握りながらそんな告白をしてみたら。 カカシのその言葉を聞いた途端、ボンッと顔中を真っ赤にさせたイルカが、慌てたように俯いた。 イルカのその反応を見たカカシの頬が緩む。 夢にはその人の願望が出るというから、イルカのこんな反応もカカシの願望が見せているのだろうが。 それでも。 少しは脈がありそうなイルカの反応が、カカシにはとても嬉しかった。 続いて。 辺りが急に居酒屋の個室のような風景に変わる。 この辺りが夢だなと思いつつも、居酒屋らしい料理が並ぶテーブルを挟んで目の前に現れた、酔っているのか顔を真っ赤にさせているイルカを見て。 胡坐をかいて、手に酒が並々と注がれた杯をいつの間にか持っていたカカシは相好を崩した。 何度かイルカと飲みに行った事があるから、イルカの酔った姿も現実に見た事がある。 酔っ払ったイルカはそれはそれは可愛らしいのだ。 呂律は回らなくなるし、いつもはキリリと引き締まっている顔もニコニコと緩みっぱなしになるし。 瞳は潤んでくるし、動きは緩慢になるし。 イルカに恋心を抱いているカカシにとっては、かなり目の毒だったりするのだが。 (これはまた一段と・・・) 夢の中の酔ったイルカは、現実のそれより凄かった。 這い蹲ってテーブルを回り込み、トテトテとカカシに近寄ってきたイルカが、酒を口にしているカカシの隣にちょこんと座る。 そうして。 イルカの行動を微笑みながら見つめていたカカシの肩に、コテンと頭を乗せてきた。 さらには。 「ちょっとこうやっててもいいですか・・・?」 そんな可愛らしい事を言いながら、カカシの腕にスルリと腕を絡ませて来て。 片恋の相手にそんな事をされて、「嫌です」と言う人間がいたら見てみたい。 カカシとて、例に漏れず。 「なぁに?イルカ先生にしては珍しいですね。・・・甘えたいの?」 そんな囁きをイルカの耳元で口にしているカカシの相好は崩れっぱなしだ。 そんなカカシを、酔いで瞳を潤ませたイルカがそっと見つめてくる。 「こんな俺は駄目、ですか・・・?」 誘うような仕草を見せるイルカの、酒で火照った唇に貪りつきたいのを懸命に堪え、カカシはそんなイルカに笑みを浮かべて見せた。 駄目なはずがない。 「・・・嬉しいですよ。もっと甘えて・・・?」 そう言ってイルカの髪に頬を寄せると、嬉しそうに笑みを浮かべたイルカはそのまま目を閉じた。 カカシには嬉しい夢ばかりで、このまま醒めなければいいと思っていたのに。 眠るカカシの耳元で、さっきから誰かが泣いていてうるさい。 (起こさないで・・・) そう願ったら、途端に「嫌ですっ」と涙交じりの声が何度もそう言ってきた。 それに、掠れた小さな声で、「起きて下さい」とカカシに願うその声は本当につらそうで。 それを聞いたカカシは、眉間に皺を寄せた。 本当は起きたくない。 夢の中でのイルカとの幸せな時間をもっと過ごしていたい。 けれど。 つらそうなその声の主を慰めてあげたいと思ったら、カカシの意識は幸せな夢から浮上し始めた。 少しずつ、現実がカカシの身体を襲い始める。 まず感じたのは身体中に走る痛みだった。 特に腹の辺りが酷い。 眉間にきつく皺を寄せてそれに耐えていると、一部分だけ痛みを感じない所があるのに気づいた。 夢の中でイルカが抱きついていた腕。 そこだけが暖かく、痛みも感じない。 なかなか開かない目を懸命に抉じ開けてその腕を見ると。 そこには。 その頬にたくさんの涙の跡を残すイルカが、カカシの腕をしっかりと抱きこんだまま、随分とつらそうな表情で眠っていた。 (え・・・?) 長い間幸せな夢の中にいた気がするから、急に戻った現実の世界に記憶がついていけない。 目覚めた早々、もの凄く嬉しい状況ではあるのだが、どうしてイルカがカカシの腕に抱きついているのかとか、ここはどこだろうとか、身体が動かないのはどうしてだろうとか。 たくさんの疑問が、カカシの目覚めたばかりで回らない頭に浮かんでは消えていく。 夜なのだろう。暗い室内を見回してそこが病院である事を知ると。 カカシの頭に、眠りにつく前までの記憶が一気に甦ってきた。 (そうだった・・・) 任務続きで疲れが溜まっていたカカシは、今回就いたSランク任務で負傷してしまったのだ。 仲間に支えられながら里に帰還してすぐ、気を失うように眠りについたのを覚えている。 病院にいるのも、身体が動かないのもそのせいだ。 だが。 どうしてイルカがここにいるのかが分からない。 残念ながら二人は恋人同士というわけではないから、イルカがここにいるこの状況がカカシには信じられないのだ。 けれど。 イルカが抱きついている腕は確かに暖かいから、これは現実なのだろう。 (もしかしたら・・・) 抱きつかれていない方の手をゆっくりと上げて、眠るイルカの頬をそっと撫でる。 涙の跡が残るその頬を見て、カカシは申し訳ないと思うと同時に嬉しくなった。 カカシの願望でしかないが、もしかしたら、イルカはずっとカカシに付き添ってくれていたのかもしれない。 あの声の主のように、泣いてくれていたのかもしれない。 そう思うと嬉しくて、カカシは沸き起こる愛しさからイルカを見つめるその瞳を細めた。 閉められているカーテンの外が徐々に明るくなってくる。 それを感じたカカシは、イルカの頬を擽って覚醒を促した。 起きて欲しかった。 その綺麗な瞳を。イルカの笑顔が見たかった。 カカシの指をむずがって顔を顰めるイルカにふふと笑みを浮かべながら。 カカシは、イルカが起きたら思い切って告白してみようと思った。 |