変身






イルカはもう少し自分に自信を持った方がいいとカカシは思う。


「カカシさんは、俺のどこが好きなんですか・・・?」
カカシの腕の中でまどろんでいたはずの恋人が、突然そんな事を訊ねてくる。
それにふと苦笑したカカシは、イルカの黒髪に鼻先を埋め「どうしてそんな事聞くの?」と逆に訊ねた。
「・・・特に理由はないんですけど、ちょっと聞きたくなって・・・」
カカシの肩で少し不安そうに響くその声が愛しい。カカシは少しだけイルカを抱く腕を強めた。
理由はないとイルカは言っているが、何かがあったのだろう。
カカシがたくさんの愛情を注ぎ、それをキチンと受け止め実感してくれているはずのイルカが、それでも揺らいでしまうような何かが。
(そっちは追々聞き出すとして・・・)
とりあえず、疑われたらしいカカシの愛情をたっぷりと教え直さなければと、カカシはふと小さく笑みを浮かべてその口を開いた。


つい先日の事だ。
任務帰りに近道しようと、たまたまアカデミーの演習場の側を通りかかったカカシは、そこで子供たちに指導するイルカの姿を見かけた。
「今回は実際に火薬を使用する。分かってるとは思うが、これはシミュレーションじゃないぞ。遊び感覚でいたら大怪我するから、充分気をつけるように」
普段より硬い声で子供たちに指導するその顔は、カカシが知るイルカとは少し違っていた。
凛とした厳しい指導者の顔。カカシにはあまり見せる事のない表情だ。
大好きな子供たちには甘い顔を見せる事が多いイルカだが、やはり危険を伴う演習ともなると、そこに甘さなんてものは微塵も感じさせていなかった。
イルカを見上げる子供たちの表情も引き締まっている。
その光景を見たカカシは、やはりイルカは素晴らしい指導者なのだなと改めてそう思った。
「その時の、ね・・・?」
カカシの腕の中。
指導する姿を見られていたのかと恥ずかしがっているイルカにそっと囁く。
「あなたのその凛とした表情が、凄く好きだなぁって思いました。それに・・・」
その後の事だった。
上忍待機所で本を読んでいたカカシがふと窓の外に視線を向けると、演習を終えたらしいイルカが子供たちに囲まれてアカデミーへと戻る姿が見えた。
演習が上手くいったのだろう。イルカを見上げる子供たちの顔は輝いており、そんな子供たちを見下ろすイルカの顔にも、先ほどとは違い、嬉しそうな優しい笑みが浮かんでいた。
話している内容は分からなかったが、イルカが不意に満面の笑みを浮かべ、子供たちの頭をぐしゃぐしゃと撫で始める。
それを見ていたカカシは、イルカのその笑みにつられるように、ふと小さく笑みを浮かべていた。
その時と同じように笑みを浮かべ、イルカを抱く腕を強める。
「あなたが見せる太陽のような明るい笑顔が好きですよ」
見るものの心をほんのりと暖かくさせる笑み。カカシは、イルカのそんな笑みに最初惹かれたのだ。
「それから・・・」
そう言いながら、カカシは腕の中のイルカをそっと覗き込んだ。
思った通り、羞恥に真っ赤になってしまっているイルカの頬をそっと撫でる。
「こういう可愛らしい表情を見せるあなたも大好きです」
囁くようにそう言って笑みを浮かべると、イルカはその頬をさらに羞恥に染め、それから少し不満そうな顔をしてみせた。
「俺は・・・っ」
「・・・『可愛くありません』?」
カカシが「可愛い」と言うと必ず口にするイルカの台詞を先回りして言ってみると、イルカはムッとした表情を浮かべた後、ぷいと後ろを向いてしまった。
それだけではなく、もぞもぞと身体を動かし、身体ごと反対側を向いてカカシの腕の中から抜け出そうとする。
「こらこら。どこ行くの?」
苦笑いしながらそう言って、カカシはイルカの身体をその背後から再度腕の中に捕らえた。
きつく抱き締めて、もう逃げられないようにする。
「・・・苦しいです」
まだムッとした表情を浮かべているイルカが、少し振り返りそんな事を言う。
「イルカ先生がオレから逃げようとするからでしょ?」
そう言ったカカシが子供のように拗ねた表情を浮かべると、それを見たイルカがふと慈しむような柔らかな笑みを浮かべた。
明るい笑顔も好きだが、イルカのこういう優しい笑みも好きだ。
(あったかい・・・)
抱き込んでいるイルカの身体も暖かいが、心もイルカの優しさにすっぽりと包み込まれている気がする。
そっと瞳を閉じ、カカシは暖かいイルカの頬に自らの頬を擦り寄せた。
「・・・愛されてるって再実感した?」
小さな声でそう訊ねる。すると。
「・・・恥ずかしくなるくらいに」
なんて、少々拗ねたような声が返ってきた。それにふと笑みを浮かべると、カカシはイルカの耳元にそっと唇を寄せた。
「・・・そんな素直じゃないところも好きですよ」
「・・・ッ」
耳に触れるか触れないかの至近距離でそう囁いてみると、イルカの耳元がかぁと真っ赤に染まった。囁かれた耳元を手で押さえてバッと振り向いたイルカが、恨めしそうな表情を向けてくる。
イルカはカカシの低く囁く声に弱い。耳元だってそうだ。少し息が触れただけで、こんなにも可愛らしい表情を浮かべる。
(かわいい)
イルカが狭いベッドの上でじりじりとカカシから距離を取る。
猫が毛を逆立てたようなイルカのその姿が可愛らしくて、くつくつと小さく笑っていると、イルカが再度ぷいと反対側を向いてしまった。どうやら完全に拗ねてしまったらしい。
「イルカ先生」
苦笑しながら、少し離れてしまったイルカの身体を引き寄せる。
抵抗する事無く近寄ってきてくれた愛しいその身体を自らの腕の中に再度閉じ込め、カカシは抱き締める腕をゆっくりと強めた。
イルカが甘やかな吐息を漏らす。
「イルカ先生・・・―――」
愛しいと思う名に続き呟いたその言葉は、イルカの耳にだけ届けばいい。小さく小さくイルカに告げる。
「・・・俺もです」
それに、恥ずかしそうに返ってくるイルカのその声が愛しい。
愛し過ぎて我慢が出来なくなる。それまで大人しかったカカシの不埒な手が、イルカの身体に伸びていく。
「ちょ・・・ッ、カカシさん・・・っ」
「んー?」
抵抗なんてさせない。カカシの愛情を疑った罰だ。
イルカの引き締まった太腿に手を置き滑らせる。弱い耳元に口付ける。
「ん・・・っ」
抵抗が弱まった所で、カカシはイルカの肩を引き、その身体の上に伸し掛かった。
イルカを見つめるその瞳にありったけの愛情を込める。
「・・・こっちでも再実感して貰いましょうね」
少々意地悪な笑みを浮かべてそう告げたカカシは、イルカが反論してくる前にその唇を塞いだ。

イルカの好きな所なんて、数え切れない程にあるけれど。
普段、爽やかな雰囲気を纏っている事が多いイルカが、カカシの前でだけ艶やかに変化するこの瞬間も、カカシは好きだ。