目をつぶって10秒 油断した。仲間を庇ったはいいが、敵の刀が腹に掠めて負傷。 (カッコ悪い・・・) 包帯が巻かれたばかりの身体をアンダーの下へと隠す。そうしてカカシは、ハァと小さく溜息を吐きながら銀髪をがしがしと掻いた。 全治二週間。二、三日は休養も兼ねて入院。 麗らかな午後の日差しが差し込む病室で、先ほど医師から告げられたばかりのそれを、カカシは恋人であるイルカにどう伝えようかと悩んでいた。 イルカの事だ。すぐに知らせなければ、どうして知らせなかったのだと怒るだろうし、知らせたら知らせたで、何かと心配してしまうだろう。 痛む腹を庇いながら、背に当てた枕にゆっくりと凭れる。 そうして、さてどうするかと再び悩み始めたところで、そのイルカが息を切らせて病室へと飛び込んで来た。 「・・・大丈夫、なんですか?」 イルカが、木の葉全ての任務情報が入ってくる受付所勤務だという事をすっかり忘れていた。 受付所でカカシの怪我の事を聞いたと言い、ようやく息を整えたらしいイルカに今にも泣き出しそうな顔でそう訊ねられたカカシは、「うん」と小さく苦笑を浮かべて見せた。 「心配掛けてゴメンね?でも、ちょっと腹を掠めただけだから。大丈夫ですよ」 そう言いながらアンダーを捲り、「ホラ」と包帯が巻かれたばかりの腹を見せてみると、ベッドの側に置かれた椅子に腰掛けていたイルカの眉根がきゅっと寄った。イルカの手がそっと伸ばされ、痛いの痛いの飛んでいけとばかりに腹を撫でられる。 アカデミー教師であるイルカらしい行動であるが、子供にでもするかのようなその手付きにふと笑ってしまい、途端、走った痛みに僅かに眉根を寄せる。すると。 「痛いですか・・・っ?」 心配そうな表情を浮かべたイルカにそう訊ねられた。それを見たカカシの深蒼の瞳が柔らかく細められる。 「・・・ううん。イルカ先生がヨシヨシしてくれたから大丈夫」 小さく笑みを浮かべてイルカの頬に手を伸ばし、そこを擽りながらそう告げる。すると、イルカは面映そうな笑みを小さく浮かべて見せてくれた。 「そういえば仕事は?大丈夫なの?」 受付所で聞いたという事は、イルカは受付所に入っていた事になる。抜け出したりして大丈夫なのだろうかとそう訊ねてみると、イルカは苦笑しながら一つ頷いて見せた。 「カカシさんの部隊が帰還したのでちょっと忙しかったんですけど、無理言って三十分だけ休憩を貰って来ちゃいました」 カカシが怪我をしたと聞いて居ても立っても居られなかったのだろう。恥ずかしそうに鼻頭の傷を掻くイルカにそう告げられ、心配を掛けてしまったという申し訳なさと同時に、無理をして様子を見に来てくれたという嬉しさがカカシの胸に広がる。 「イルカ先生・・・」 イルカをじっと見つめるカカシの深蒼の瞳が愛おしそうに細められる。 (キスしたい・・・) だが、カカシから手を伸ばすには少し離れた位置に座るイルカは遠く、身動きすると痛む我が身が呪わしい。 イルカからキスしてくれないだろうかと思いながら見つめていると、それを感じ取ったのだろう。見つめるカカシから慌てたように視線を逸らしたイルカが、ベッド脇のテーブルに置かれていた果物に目を向けた。 「こ、これっ。食べませんかっ?」 怪我をしたのはカカシの責任だというのに、カカシが庇った仲間が持って来てくれた品だ。 真っ赤に熟れた林檎を手にしたイルカからそう訊ねられ、甘い雰囲気を見事に逸らされた事に僅かに落胆しながらも、苦笑を浮かべて「ん」と頷く。 「うさぎさんの形に切ってくれる?」 口布を引き下げながら小さく首を傾げてそう強請ってみると、それを聞いたイルカが林檎を手にしたまま僅かな間固まってしまった。 「・・・カカシさんって、時々子供みたいな事言いますよね」 恥ずかしそうに頬を染めるイルカが、果物と一緒に置かれていた小さなナイフを手に取る。 呆れたようなその口調に、さすがにウサギの形には切ってくれないかもしれないと思っていたが、子供には甘い事で定評のあるイルカだ。随分と図体の大きい子供でも、その甘さは変わらなかったらしい。 「俺、不器用なんで、あまり上手くないですよ?」 小さくそう言いながら、カカシの願いどおりウサギの形に林檎を切ってくれ、さらには強請らずとも「あーん」と食べさせてくれた。 「ありがと」 蜜のたっぷり詰まった甘い林檎を咀嚼しながら、蕩けるような笑みを浮かべて礼を告げるカカシから、イルカが恥ずかしそうに視線を逸らす。 「あまり動かない方が早く治りますから」 そう言い訳しながら、怪我をしたカカシの為にと甘やかしてくれるイルカが愛しい。 そんなイルカともう少し一緒に過ごしていたい所だが、イルカは仕事を抜け出して来てくれている身だ。そろそろ戻さなければイルカが叱られてしまうだろう。 「そろそろ戻らなきゃいけない時間でしょ?」 「あ・・・」 イルカが切ってくれた林檎を二人で食べ尽くした辺りでそう切り出してみると、イルカの顔から笑みが消えた。カカシと同じく、まだ一緒に居たいと思ってくれているのか、少し淋しそうなその顔が嬉しい。 「仕事が終わったらまた来てくれる?」 ふと柔らかな笑みを浮かべてそう訊ねてみると、座っていた椅子から立ち上がるイルカが笑みを浮かべ、もちろんだと言うように頷く。 「また来ます。・・・休養も兼ねてるんですから、本とか読まずにちゃんと休んでて下さいね」 イルカの鋭いその指摘に、口布を引き上げていたカカシが、う、と詰まる。 真昼間からは眠れそうにも無い。イルカの仕事が終わるまで、本でも読んで時間を潰そうと思ったばかりだっただけに、イルカのその言葉が耳に痛い。 そんなカカシを見て、やっぱりと呆れた表情を浮かべて見下ろしてくるイルカに苦笑して見せる。 「イルカ先生がおやすみのキスしてくれたら眠れそうなんだけど・・・」 「な・・・っ」 それを聞いたイルカが、顔中を真っ赤にさせて絶句する。 「馬鹿な事言ってないで眠って下さいっ!」 イルカからキスしてくれることは滅多に無い。案の定、そう言われてしまったカカシは、やはり無理かと小さく苦笑した。 「はぁい」 良い子のお返事をし、痛む腹を庇いながら起こしていた身体をベッドに横たえる。そうして瞳を閉じたのだが、すぐにでも受付所に戻るだろうと思われていたイルカが何故か動かない。 ちゃんと眠ったか確かめているのか、それとも眠りに付くまで見張るつもりなのか。 どちらにしろ信用されて無いなと内心苦笑していたカカシの側に、顔を覗き込んだのだろう。イルカの手が置かれ、ベッドがギシと微かに鳴った。 ちゃんと寝ろと、お叱りの言葉でも降って来るのだろうかと思われたが、そうではなかった。カカシの顔にふわりと風が当たり、口布越しに柔らかいものが押し当てられる。 (え・・・?) カカシが目を閉じてからちょうど十秒後に落とされたその口付けは、堪らなく甘く優しいものだった。 「イル・・・」 驚いて目を開けようとしたカカシの目元に、恥ずかしいのだろう。それを遮るようにイルカの手が置かれる。 「仕事が終わったらまた来ますからっ!それまでちゃんと眠ってて下さいっ」 イルカから叫ぶようにそう言われ、カカシの顔にふと柔らかな笑みが浮かぶ。 「・・・ん。イイ子で待ってる」 滅多に貰えないイルカからのキスを貰ったのだ。良い子で寝ていなければ罰が当たってしまう。 「それじゃ、お休みなさい」 笑みを浮かべたのだろう。慈しむような優しい声が聞こえると同時に、イルカの暖かな手が離れていく。それが少し淋しいけれど。 このまま眠れば良い夢が見られそうだと、カカシはイルカが病室を後にする音を耳にしながら、ゆっくりと眠りの淵へ落ちて行った。 |