一人旅






任務が立て込み、カカシが疲れを自覚し始めた頃。
この辺りで休養を与えておいて、再び扱き使おうという算段なのだろう。人使いの荒い事で知られる五代目・綱手から珍しく、二日間の纏まった休みを言い渡された。
久しぶりの休暇だ。だが、いくら休暇だと言っても里に居ればいつ緊急任務に駆り出されるか分からない。
どうせ休むのなら、誰にも邪魔されないよう里外へ旅行にでも―――。
珍しく与えられた休みに珍しくもそう考えたカカシだったのだが、その時ハタと気付いた。
任務に明け暮れる生活を送っていたからだろうか。旅行と言ってもどこへ行けば良いのか、どこに行くのが良いのやら皆目見当も付かず、どうやら自分が、そういった事にかなり疎いらしい事に。
「・・・疲れを取りたいんでしたら、やはりこの辺りの温泉がお勧めですね。良質の温泉ですから疲れにも良く効きますし、今の時期なら、温泉に浸かりながら遠くの山々に満開の梅を眺める事が出来ます。そろそろ山桜も見られる頃かなぁ・・・」
とある居酒屋の一室。
木の葉の里を有する火の国の地図を卓上に広げ、里周辺に点在する温泉郷を指差すイルカが、白や桃色に色付く山々の景色を思い出しているのだろう。その口元に小さく笑みを浮かべながら、イルカお勧めの温泉宿を順次説明していってくれる。
イルカ同様、卓上の地図へ身を乗り出してそれを聞くカカシは、時折相槌を打ちながら、その瞳を柔らかく細めていた。
(正解だったな・・・)
イルカに意見を求めたのは、どうやら正解だったらしい。
火影の外遊に付き添って里外へ行っている事は知っていたが、各地の温泉巡りがイルカの趣味だとは知らなかった。
任務を終え、報告書を提出する際。受付所のカウンターに座るイルカへ、休暇を貰えたのだがどこか良い旅行先を知らないかと訊ね、それならと、呑みを兼ねて色々と教えて貰っているのだが、イルカの温泉好きはかなりのものだ。火の国にいくつもある温泉郷の殆どを網羅しているらしいイルカから教えられる温泉宿は、どこも行ってみたいと思わせる場所ばかりだった。
イルカが勧める通り、どうせ旅行に行くのなら、疲れが取れるという温泉が良い。疲れを癒す為に行く旅行で疲れていたのでは本末転倒だ。
「どこも良い温泉宿ばかりなんですけど、俺のお勧めはやっぱりここです」
イルカお気に入りの温泉宿なのだろう。木の葉の里からも程近い温泉郷を指差すイルカが、そこにあるという温泉宿の良いところを詳細に教えてくれる。
「じゃあ、ソコにしようかな。・・・どうです?一緒に」
「・・・は・・・っ?」
イルカの説明をふんふんと頷きながら聞いていたカカシが、卓上に乗り出していた身体を起こしながら何気なく口にしたその言葉に、誘われたイルカも驚いたようだが誘ったカカシ自身も驚いた。
二人揃って驚いた表情を浮かべたまま、しばらくの間見つめ合う。
「・・・ちょっと待って下さい。どうして俺を誘うんですか?どうせ誘うなら・・・そう、女性とか。カカシ先生なら選り取り見取りでしょう?」
二人を襲った驚きから立ち直ったのはイルカの方が早かった。苦笑を浮かべるイルカからそう告げられ、それもそうだと思ったカカシは、何故イルカを誘ったのか自らの胸の内を探る。
女なんて考えも付かなかった。
誰かと一緒の旅行は何かと面倒だ。一人旅が気楽で良いと、つい先ほどまで考えていたはずなのに、今はもう、どうせ行くのならイルカと一緒が良いと思っている。
(・・・アレ?)
けれど、イルカと一緒が良いと思うその理由が思い当たらない。
そんな自分に小さく首を傾げながらもその事を伝えると、それを聞いたイルカは何故か、顔を真っ赤にさせて絶句してしまった。
「・・・イルカ先生?」
何か変な事でも言っただろうか。赤くなった顔を手の甲で隠しながら俯くイルカをそっと窺うと、そんなカカシの視線から逃れるようにイルカの漆黒の瞳が泳ぐ。
「どうかしました?」
「・・・いえ・・・っ、ちょっと嬉しいとか思ってしまって・・・」
視線を合わせてくれないイルカを不思議に思いながらそう訊ねてみると、ぼそぼそと小さな声でそう返された。
嬉しいと言ってくれたという事は、一緒に行ってもらえるかもしれない。
「週末ならアカデミーは休みですよね?受付業務が入ってなければ一緒に行きませんか?それとも何か予定が入ってる?」
「ちょ・・・っ、ちょっと待って下さい」
俄然勢いを増すカカシの誘いの言葉を、少し待って欲しいと片手で遮るイルカが、戸惑う声と表情を向けてくる。
「仰る通りアカデミーは休みですし、受付業務も入ってません。淋しい独り身なので、予定も何も入ってません」
その言葉にぱぁと表情を明るくするカカシを、「ですが」とイルカが制す。
「ですが、せっかくのご旅行なんですから。一緒に行くのは何も俺じゃなくても・・・」
続けられたその言葉に急いで首を振ったカカシは、姿勢を正し、目の前に座るイルカをひたと見つめた。
自分がイルカを誘った理由はまだ分からないが、イルカの説明を聞いているだけでも楽しかったのだ。イルカが一緒なら旅行も楽しいだろうというのは分かる。
「イルカ先生がいいんです。オレと一緒に行ってくれませんか・・・?」
必死になってイルカを誘う自分を少々不思議に思いながらも、小さく首を傾げて再び誘いの言葉を口にすると、そんなカカシを見たイルカが「う」と唸り、その顔を再度赤らめた。
そうしてしばらくの間、あーとかうーとか唸っていたイルカだったのだが、眉尻を下げるカカシからの「ね、お願い」という言葉で、イルカは色んな意味で堕ちたらしい。
「・・・分かりました。カカシ先生が俺でも良いと仰るのであれば」
イルカから苦笑と共に告げられたその言葉は、どうしてこんなに嬉しいのだろうと不思議に思うくらいカカシを歓喜させ、そうして、子供のように指折り数えて迎えた週末。
イルカと二人、連れ立って出かけた一泊二日の短い温泉旅行は、カカシの疲れを癒してくれただけでなく、二人きりの温泉宿で自らの恋心をようやく自覚したカカシに、イルカという可愛らしい恋人まで与えてくれた。