星100個






階級差がありながら、気の置けない友人という位置に居るイルカと共に呑んだ帰り道。
少々酔ってしまったらしいイルカを家まで送って行く道すがら、カカシがふと見上げた夜空にぽっかりと浮かんでいたのは、細い細い三日月だった。
冬も深まり、夜ともなれば気温はぐっと下がる。
深蒼の瞳を眇めながらそれを見つめるカカシの口布越し、僅かに白い息が吐き出されていく。
「・・・六十五・・・、六十六・・・」
その傍ら。カカシと同じく空を見上げながら、ゆったりとした口調で星を数えているらしいイルカの声が耳に心地良い。
時折数を飛ばしながらも、数え切れない程に光り輝く星を飽きる事無く数えていたイルカだったが、空ばかりを見上げていたからだろう。不意に躓き、それに気付いたカカシは体勢を崩したイルカの身体を慌てて支える。
「・・・っと。危ないですよ、イルカ先生」
笑みを浮かべながら、仕方ないなという口調でそう告げるカカシの視線の先。
照れ臭そうな笑みが返って来るのだろうと思われたイルカが顔を俯かせ、それを見たカカシの顔から笑みが消える。
「イルカ先生?」
気分でも悪くなってしまったのだろうか。
そう思ったカカシが、俯くイルカの顔を覗き込もうとした時だった。
「・・・どうしてですか・・・?」
俯いたままのイルカから、掠れた小さな声でそう問われたものの、問われた主旨が良く分からず、小さく首を傾げるカカシは「ん?」と続きを促す。
「・・・カカシ先生の周りには凄く綺麗な星がたくさん輝いていて、それなのに、俺みたいな平凡で何の取り得も無い奴の側に居るのはどうしてですか・・・?」
カカシの意思に関係無く、カカシを取り巻く女たち。それらに嫉妬するようなイルカの発言にカカシの胸が大きく高鳴る。
(・・・それって・・・)
イルカを見下ろすカカシの深蒼の瞳が僅かに見開かれ、続いてゆっくりと、愛おしそうに眇められていく。
自分の周囲に星がいくつあろうが、カカシには関心の無い事だ。
平凡で何の取り得も無いとイルカは言ったが、カカシの目にイルカは太陽のように光り輝いて見え、その前ではどんなに綺麗な星でも霞んで見えなくなってしまう。
「・・・どうしてでしょうね」
そう切り出す声の調子を抑えたカカシは、俯き続けるイルカに言い聞かせるかのように言葉を綴る。
「オレの目には、綺麗な星100個よりも、あなたの方が輝いて見えるんです」
ずっとイルカを見て来た。会うたびに心を掻き乱された。
知り合った当初こそ、イルカという存在に反発したりもしたが、それと同時に憧れたりもした。
葛藤するカカシの心の中、最後に残ったのは淡い淡い恋心―――。
「・・・え・・・?」
それ程飲んでいないつもりだったが、少々酔っているだろうか。
ようやく顔を上げてくれたイルカの漆黒の瞳に晒され、随分と恥ずかしい台詞を口にしてしまった事に気付いたカカシは、ふと小さく苦笑を浮かべる。
「・・・また今度、イルカ先生が素面の時に言いますよ」
そう言いながら、イルカがちゃんと立った事を確認したカカシが、イルカから手を離そうとした時だった。
イルカの暖かい手がカカシの手を捉え、再び俯いたイルカから、「・・・って下さい」と小さな小さな声がカカシの耳に届く。
「・・・え?」
忍の耳は優秀だが、聞き間違いかもしれない。カカシの願望が聞かせた幻聴かもしれない。
小さく首を傾げるカカシの視線の先。
「・・・今、言って下さい・・・」
夜闇の中でも分かるほどに真っ赤な顔をゆっくりと上げたイルカからそう言われ、僅かに見開かれたカカシの深蒼の瞳が、続いてふと小さく苦笑を形取る。
「・・・ズルイですよ、イルカ先生」
先に言わせようとするイルカは狡いと思うが、先ほどの問い掛けを聞いた後では、不安に思うのも仕方ないかと思う。
捉われたままのイルカの手に自らの指先を絡めたカカシは、イルカの不安そうに揺れる漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめ、小さく息を吸った。