テイクアウト






上忍師とアカデミー教師との交流会、という名目で開かれた宴会の席。
部下を持つのが初めてだからだろうか。ナルトとサスケにほとほと手を焼いていたカカシは、宴が開始されて早々、子供たちの元担任であるイルカを捉まえていた。相談に乗って欲しいと頼み込み、快く了承してくれたイルカを自分の隣の席に座らせる。
受付所等で会う機会はあっても、一対一で話すのは初めてだ。
笑顔を欠かさないイルカの人当たりの良さは知っていたが、こうして話してみて初めて、イルカが上忍であるカカシに対しても臆する事の無い強い意思を持っている事に気付く。
任務中にあった事を語って聞かせながらイルカの忌憚無い意見を聞き、美味い酒を酌み交わしながらの有意義な意見交換に夢中になる事しばし。
子供たちのアカデミー在籍中の出来事について話が及ぶ頃になると、二人の前にある卓上には、空になった銚子がいくつも並んでいた。
枠と言われるほど酒に強いカカシと差しで呑んでいたから、酔っ払ってしまったのだろう。ふと気付けば、イルカの呂律が怪しくなって来ている。
「・・・大丈夫?イルカ先生」
心配になったカカシは、話を一時中断してそう訊ねてみる。すると、あまり大丈夫ではないのか、イルカの顔に苦笑が浮かんだ。
「すみません、ちょっと失礼します」
そう言いながら立ち上がろうとしたイルカは、だが、予想以上に酔っていたのだろう。その身体を途端にふら付かせてしまった。
慌てて身体を支えるカカシの視線の先。
「気分が悪い?」
そう問い掛けたカカシに首を振って見せたイルカが、謝る必要など無いというのに「すみません」と小さく謝って来る。
「ちょっと外の空気を吸いに行きましょうか」
少し夜風に当たった方が良いかもしれない。
そう思ったカカシは、イルカの身体を抱きかかえるようにして立ち上がり、たけなわを迎えていた座敷を後にした。




中庭に面した縁側に腰掛けたイルカが、少し冷たい夜風に吹かれながら、心地良さそうな溜息をほぅと零している。
水が入ったコップを片手に戻って来たカカシは、そんなイルカを見て、調子に乗って飲ませ過ぎたかと反省する。
「ゴメンね、飲ませ過ぎちゃいましたね」
コップを差し出しながらイルカの隣に腰掛けるカカシがそう謝罪すると、「ありがとうございます」と受け取っていたイルカが慌てたように首を振った。
「いえ・・・っ」
イルカが居る側とは逆の手でコップを手渡していたからだろう。意外と近かった二人の距離。
少し潤んだイルカの漆黒の瞳と視線が絡んだ途端、イルカの健康そうな頬が赤く染まった。続いてパッと視線を逸らされ、イルカのその反応を見たカカシは深蒼の瞳を僅かに見開く。
(・・・え・・・)
言い寄って来る女に事欠かないカカシには見慣れた反応だが、イルカは男だ。
自分の勘違いだろうと思ったが、そうではないのだろうか。
「その・・・。いつもは、あれくらいの酒じゃ酔わないんですが、今日はちょっと緊張してて・・・」
そう言いながらコップを持った手元に視線を落としたイルカの顔が、カカシの視線を意識しているのだろう。さらに赤くなっていくのを見て、カカシはイルカに好意を持たれていると確信する。
思えばここ最近、イルカと視線が合っていない。
ほんの僅かだが、さり気なく逸らされ真っ直ぐ向けられないイルカの視線。
それを、自分は『淋しい』と思ってはいなかったか。
(・・・参ったな・・・)
俯くイルカから視線を逸らすカカシは、ゆっくりと掲げた手で、自らの銀髪をガシガシと掻く。
好意を持たれて嫌じゃないどころか、イルカに聞こえてしまわないか心配になるほどの胸の高鳴りを感じている時点で両想いなのだろう。
だが、両想いだからといって、酒に酔っているイルカをこのままお持ち帰りしたいと思うなんてどうかしている。
本当に好きならば、安易に手を出しては駄目だ。
お持ち帰りするのは、また今度。互いの事をもっと良く知り、気持ちをキチンと通じ合わせてから―――。
「・・・カカシ先生?」
黙り込んだカカシに不安を覚えたのだろう。俯かせていた顔を上げ、カカシの様子を窺うイルカの漆黒の瞳が僅かに揺れている。
可愛らしい表情を見せるイルカに、今にも伸ばしそうになる手。
それをぐっと堪えたカカシは、ふと笑みを浮かべて見せた。
「・・・酔いが醒めるまでもう少しココに居ましょ。さっきの話の続き、聞かせてくれる?」
酔ったイルカを誰の目にも晒したくない。
意外と独占欲が強かったらしい自分に内心苦笑するカカシが、銀髪を揺らしながらそう告げると、イルカは「はい」と嬉しそうに笑って見せてくれた。