レースのカーテン 色素が薄いからだろうか。上忍待機所の窓から差し込む日差しが目に痛い。 ざわめく待機所内の窓際に設置されたソファ。そこで、数名の上忍仲間と歓談していたカカシの深蒼の瞳が、ふと眩しそうに眇められる。 次の瞬間。 「失礼します」 雑音が多かった待機所内に一際通る声が響き渡り、それを耳にしたカカシは、待機所の出入り口である扉の方へと視線を向けていた。 視線を向けたのはカカシだけではない。 待機所に居る者の殆どが視線を向ける中、出入り口で礼儀正しく頭を下げていたイルカが、誰かに用事があるのだろう。書類を片手に中へと入って来る。 中忍で、上忍待機所とはあまり縁が無いだろうイルカだが、ここに居る者の殆どが、一度くらいはイルカに報告書を受理して貰っている。 思った通り、イルカを知らない者は居ないのだろう。待機所内に一歩入ったその瞬間から、イルカへと声を掛ける者たちが後を絶たない。 (・・・相変わらず大人気だな) それら一人一人に笑顔で応対するイルカを視線で追いながら、カカシは内心苦笑する。 そんなカカシの視線の先。 カカシに用事があったのだろう。カカシの姿を見止めたイルカの顔が途端に綻び、それを見たカカシは、その深蒼の瞳を僅かに見開いていた。 「お話中失礼します」 カカシの周囲に居た上忍仲間にそう声を掛けた後、カカシへと視線を向けたイルカが、「ちょっとお時間よろしいですか、カカシさん」と確認して来る。 「ん、構いませんよ」 笑みを浮かべて快諾したカカシの視線の先。 「ありがとうございます」 一つ笑みを浮かべてそう言ったイルカが、手に持った書類に視線を落としながら、ソファに座るカカシの前に片膝を付こうとする。 「イルカ先生」 それに気付いたカカシは、イルカの名を呼びながらイルカの片腕を取った。床ではなく、自分の隣に座らせる。 「座るならコッチね」 突然腕を取られて驚いたのだろう。ソファに座らせられ、漆黒の瞳を僅かに見開いていたイルカが、カカシのその言葉を聞いて面映そうな笑みを浮かべて見せる。 「ありがとうございます」 そう言ってくれたイルカに笑みを返したカカシは、今日中に提出しなければならないらしい書類の説明を始めたイルカの声に耳を傾けた。 廊下に伸びるカカシの影が長い。 もう誰も残っていないのだろう。夕焼けに染まるアカデミーは、子供たちの声で賑わっているいつもとは違い、ひっそりと静まり返っていた。 その廊下を一人歩くカカシは、途中まで記載された書類に落としていた視線を上げた。意識を集中させ、イルカの気配を探る。 ―――分からない所があったら遠慮なく聞きに来て下さい。 イルカから書類を渡された際、柔らかな笑みと共にそう言われたものの、何かと忙しいらしいイルカの手を煩わせる事は無いだろうと思っていた。 思っていたのだが、カカシのその予想に反し、どう書けば良いのか分からない部分が出て来てしまったのだ。 弱りに弱った挙句、イルカを探して受付所を覗いてみたのだがイルカは居らず、アカデミーへとやって来たのだが―――。 (・・・ココか?) イルカの気配を探って辿り着いた職員室。 開け放たれたままの扉の陰から中を覗いてみると、疲れているのだろうか。机に着き、一人で残業していたらしいイルカは、うつらうつらと転寝をしていた。 採点をしていたのだろう。机上にはテストらしき用紙が広げられており、イルカの手には赤ペンが握られたまま。 このままでは、子供たちが頑張って解いただろうテスト用紙が赤く染まってしまう。 そう思ったカカシは、船を漕ぐイルカの側にそっと近寄り、その手にある赤ペンを起こさないようゆっくりと抜き取った。側にあった椅子に、音を立てないよう腰掛ける。 夕日が眩しかったのだろう。天井まで続く大きな窓を覆い隠すレースのカーテンが、吹き込む風に揺らいでいる。 心地良い風に銀髪を撫でられたカカシの深蒼の瞳が、ふと柔らかく眇められる。 イルカが眠ってしまう訳だ。 時折差し込む夕日に照らされるイルカの寝顔を見つめながら、小さく笑みを浮かべるカカシは、腰のポーチから愛読書を取り出す。 疲れているのなら起こすのも可哀想だ。 もう少し寝かせておいてあげようと、取り出した愛読書を開いたカカシだったが、その深蒼の瞳が愛読書へと向けられる事は無かった。 「・・・シさ・・・」 腕を枕にし、とうとう机に突っ伏してしまったイルカから聞こえて来た小さな小さな声。 それを耳にしたカカシの動きがピタリと止まる。 (・・・え?) 忍の耳は優秀だ。 カカシの気のせいでなければ、イルカは今、カカシの名を呼ばなかっただろうか。 深蒼の瞳を僅かに見開くカカシの視線の先。どんな夢を見ているのか、眠るイルカは嬉しそうな笑みを小さく浮かべており、それを見たカカシは僅かに苦笑する。 自分の事を夢に見てくれているのは嬉しいが、イルカに淡い恋心を抱くカカシは、イルカの夢の中に居るらしい自分にまで嫉妬してしまいそうだった。 (・・・そろそろ告げないとね・・・) イルカに好意を抱いているのは自分だけではないと、今日実感したばかりだ。 告白を急いだ方が良さそうだと内心苦笑するカカシは、愛読書を読むのは止めにし、滅多に見られないだろうイルカの可愛らしい寝顔を堪能する事にした。 |