必要?

愛妻弁当の続きだったりします。




直江にとって必要なものなんてたった一つだ。
高耶さえいれば、後はいらない。
それは高耶だって知っている。分かっている。充分過ぎるほどに。
(だけど、コレはないだろ・・・)
テーブルを挟んで、高耶の目の前に直江がいる。
ニコニコとそれはもう見惚れるほどの笑みを浮かべた直江が。
そして、その隣。
こちらもまたニコニコと、直江によく似た顔に笑みを浮かべた照弘が、高耶を楽しそうに見ている。
だが。
高耶がそちらにチラとでも視線を向けようものなら、目の前の直江が親を取られた子供のような表情で高耶を睨むのだ。
今も。
チラと照弘に向けた視線に気づいた直江が、「どうしてそっちを見るんですか」と言わんばかりの表情で、そして、視線で訴えてくる。
俺を選んでくれますよね?と。
(帰りたい・・・)
いや、むしろ。今すぐ帰らせて欲しい。
どうやら兄弟喧嘩に巻き込まれたらしいという事を、高耶は直江と共に直江の会社にやってきて、社長で直江の兄でもある照弘の勧めで社長応接室なんて豪華な所に案内され、持参してきた弁当を広げた所でやっと気づいた。

「おぉ。これは凄いな」
自分の分の仕出し弁当を片手にソファにいそいそと座り込んだ照弘が、テーブルに広げた高耶お手製の弁当を覗き込む。
それに恥ずかしいななんて思いつつ、高耶はもう一つの包みを広げながら笑みを返した。
「たいしたものじゃないんですけど・・・」
「いやいや、この肉じゃがなんて美味そ・・・」
そう言いながら、弁当の肉じゃがに伸ばそうとしていた照弘の手を、ピシッと容赦なく叩く手がある。
ソファに座る高耶の隣に立ち、眉間にくっきりと皺を寄せている直江だ。
公園から会社に戻るまで、高耶には笑みを見せるが、ずっとこの厳しい表情を浮かべていた直江なのだが、社へ戻った現在では皺の寄り具合がこれまた酷い。
「・・・おい、何やってるんだよ」
小声で注意する高耶を綺麗に無視して、照弘を見据えた直江が口を開く。
「社長。契約書のチェックは終わられたんですか?」
「・・・まだだ。でもなー。高耶くんがいるし、チェックは後回し。・・・一緒に食べようねー、高耶くん」
照弘に、語尾にハートマークでも付いていそうなくらい明るい声で、さらにはニッコリと笑みを向けられた高耶が「はい」と笑みを返すと。
直江がこれ見よがしに重い溜息を吐いて見せた。
そうして、高耶も見た事も聞いた事もないような、おどろおどろしい雰囲気と低い声を出す。
「・・・高耶さんを使うとはいい度胸ですね、兄さん・・・」
「使うなんて人聞きの悪い。俺はただ、高耶くんとランチが食べたかっただけだ」
ソファに身を沈めながらそう言う照弘を、直江がギッと睨みつける。
「兄さんには何故か優しい高耶さんがここで、と言われるので仕方なくですが。兄さんも一緒に食べてもいいですよ。でも・・・」
殊更冷たい表情を作り出した直江が、辺りを氷点下に陥らせるような視線で照弘を見下ろす。
「高耶さんのお弁当を、誰が食べていいと言いました」
「・・・いいじゃないか少しくらい」
「駄目です」
もうここまでくれば、事情を知らない高耶だって気づく。
(また兄弟喧嘩かよ・・・)
内心溜息を吐くくらい許して欲しい。
この二人、何かと高耶を引き合いに出しては喧嘩をしているのだ。
じゃれているのだと思う。
照弘が直江をからかって、怒らせて、それを楽しんでいる。
以前、照弘から聞いたことがある。
『義明はね、感情の全くない子だったんだよ』
それが高耶の事となると目くじらを立てるものだから、楽しくて仕方ないのだろう。
子供の頃には出来なかった兄弟喧嘩を、いい大人になった今になって、楽しんでいるから性質が悪い。
直江だって本気で怒っているわけではないのだろう。兄とのじゃれ合いを楽しんでいるような雰囲気すらある。
だからと言って。
(オレを巻き込むなっての)
はぁ、と一つ溜息を吐いて。
「喧嘩するなら、オレ帰ろっかな・・・」
ソファに凭れながらぽつりと呟いた高耶のその言葉に、二人の口がぴたりと閉じる。
「・・・食べましょうか」
「そうだな、食べよう」
あれほど言い合いをしていた二人が何事も無かったかのようにそう言って、ソファに仲良く座る。
それを見た高耶は、ついくくっと笑みを浮かべてしまった。
二人とも立派な社会的地位のある大人だというのに、高耶の前でこんな風に、子供のような姿を見せてくれるのが嬉しいと思う。
直江だけでなく、照弘も、高耶の事を慈しんでくれているのだろう。
「照弘さんにも肉じゃが、分けていいだろ?」
笑いすぎたからか、ちょっと目尻に涙を浮かべて直江にそう告げて。途端に不満そうな顔をする直江に、オレが作ったモンだぞ、文句あるか?と睨みをきかせて。
勝ち誇ったような表情を見せる照弘に、肉じゃがをおすそ分けする。
(楽しい)
遥か昔、兄弟がたくさん居た頃を思い出す。
不貞腐れた顔をしている直江に、弁当と箸を差し出して。
「じゃあ、いただきます」
手を合わせてそう言った高耶に、二人とも優しい笑みを浮かべて倣ってくれた。

そうして、三人楽しく弁当を食べたのにだ。
(今のこの状況は何なんだよ・・・っ)
高耶の目の前にあるのは、直江が持ってきたケーキと、照弘が持ってきた和菓子。
二人とも甘いものは食べないから、高耶の為だけに用意してくれたそれらを、嬉々として食べようとした高耶だったのだが。
どちらを食べますか?と直江に聞かれ、高耶はつい、思いっきり首を傾げた。
どっちも食べたいと視線に込めた高耶の願いは、笑みを浮かべた直江に「どっち?」と再度聞かれたことで、あっさりと拒否された。
そうして冒頭の状況となっているのだが。
「高耶さんが食べたいほうでいいですよ?」
口ではそう言っているくせに、目は全然、そんな事は一言も言っていない直江が笑みを向ける。
「お茶うけなんだから、和菓子の方がいいんじゃないかな?」
そう言って、事の成り行きを楽しそうに見ている照弘が笑みを向けてくる。
「えぇと・・・」
困った。非常に困った。
けれど。
俺を選んで下さいと視線で懸命に訴えてくる直江に、内心苦笑してしまう。
(オレだって・・・)
直江にとって必要なものが高耶であるように、高耶にとっても直江が必要なのだ。
だから。
「ケーキ、かな・・・?」
苦笑しながらそう言った。
高耶のその言葉に、直江がぱぁと嬉しそうな笑みを浮かべる。対する照弘はというと。
「・・・やっぱりそうか。高耶くんにとっても義明の方が大事なんだねぇ」
しみじみといった表情で溜息を吐きながら、高耶の気持ちを試したかのような事を言ってくる。
「兄さんっ」
途端に目くじらを立てる直江をまぁまぁと宥めて。
「・・・必要なんです」
高耶は照弘にそう言って、小さく笑みを浮かべた。
「必要?」
「はい。オレたちは・・・、互いに必要としてるんです」
だから、照弘さんの和菓子は選べない、かな。
高耶のその言葉に、照弘が苦笑する。
「そうか」
一言だけそう言って。
気を利かせてくれたのか、「肉じゃが美味しかったよ」と言って応接室を出てくれた。
「・・・高耶さん」
直江に名前を呼ばれて、今頃になって恥ずかしくなる。
「クサい事言っちまった」
照れ隠しにそう言って笑う高耶に、ソファから立ち上がった直江が近寄り、強く抱き寄せる。
そして。
「・・・俺を選んでくれてありがとう」
聞こえてきたその声に高耶は苦笑した。

「それはこっちの台詞だ」





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