雪は聖夜に舞い降りる 1 十二月に入ってから、街が一気にクリスマスカラーで彩られ始めた。 子供たちや恋人たちが多く訪れる上杉動物園も例外ではなく、数日前からクリスマスカラーである赤や緑で園内のいたる所がイルミネーションされている。 そんな園内の一角。ホワイトタイガー舎屋にある職員詰め所内も同様だ。 小さくはあるが、電飾の付いたクリスマスツリーが飾られており、与えられた机に着く高耶がいつも胸元に付けている可愛らしいネームプレートも、クリスマス仕様に変わっている。 世間が浮き足立つ季節だ。 年末年始を控えた師走に突入したという事もあり、何かと慌しい毎日を送っている高耶であるが、夏から始まった直江との夕食は、ほぼ毎日のように続いている。 気が短い自分にしては良く続いていると高耶本人ですらそう思うが、使い勝手の良いキッチンが備わっている直江宅が居心地良いのと、何より、誰かの為に食事を作る作業が思いのほか楽しいからなのだろう。 直江が少し体調を崩しているようなら胃に優しい食事を作り、仕事が忙しそうなら、体力が付くよう滋養のあるものを作る。 まるで直江の母親か恋人のようであるが、高耶は元々、世話を焼くのが好きな長男気質だ。直江本人が自分の体調にあまり頓着しないという事もあり、食事を作る高耶が直江の体調を気に掛けるようになったのは自然な流れだと言えるだろう。 最近、空気が乾燥しているからだろうか。喉の調子があまり良くないらしく、声が少し掠れていた直江の為に、喉に良い食材を頭の中で思い浮かべていた時。 「え、クリスマスって何か予定入ってんの?」 「・・・お前な。俺に仕事以外の予定が入ってると思うか?」 世話をしている仔虎たちの様子を日誌に綴っていた高耶の背後から、同僚たちのそんな会話が聞こえて来た。 それを聞いた高耶のペンを持つ手がふと止まる。 (・・・アイツはどうすんだろ・・・) 直江の予定が気になったからだ。 同僚と同様、高耶も仕事しか予定が入っていないクリスマスであるが、恋人たちにとってクリスマスは大事なイベントだ。直江は予定が入っているのではないだろうか。 ほぼ毎日のように高耶と夕飯を共にしている事から、直江に恋人は居ないのかもしれないが、あれだけの優男だ。女性たちが放っておかないだろう。 クリスマスは一人で食べる事になりそうだ―――。 そんな事を思う高耶は、自分でも気付かないうちに、ふと小さく溜息を吐いていた。 生姜の良い香りが漂うキッチンに、くつくつと鍋の煮立つ音が響いている。 使い慣れて来た勝手知ったるキッチンだ。 手にしたネギを手際良く洗った高耶は、良く手入れされた包丁を手に取り、シンクに置かれたまな板の上で香り高いネギを細かく刻んでいく。 生姜にネギと、喉に良いとされる食材をたっぷり使って作るのは、身体が温まる具沢山な味噌汁だ。 後は、大き目のどんぶりに盛った白飯の上に刻み海苔を散らし、箸でほぐせるほど柔らかく煮込んだ豚の角煮を数切れ。そして、その上に温泉卵をそっと乗せれば豚角煮丼の完成である。 「今日も美味しいです」 昨日よりも冷え込んだからだろう。 カウンターに着く高耶の隣。温かい湯気が立つ味噌汁に口を付けた直江から、柔らかな笑みと共に掠れが酷くなっている気がする声でそう告げられ、それを聞いた高耶の眉間に軽く皺が寄る。 「・・・ソレ。酷くなるようなら、ちゃんと病院に行けよ」 高耶の言葉は、いつだって一言も二言も足りない。 直江の言葉には応えず、素っ気無くそう告げた高耶の言葉の意味を、だが、直江はきちんと理解してくれたらしい。 「はい。ありがとうございます」 主旨を省いた乱雑な言葉であったのにも関わらず、直江の顔に浮かぶ笑みが深くなった。それを見た高耶の漆黒の瞳が僅かに見開かれる。 高耶が直江との年齢差を感じる瞬間だ。 気分を害してもおかしくない高耶の乱雑な言葉の数々。それらに隠されている高耶の想いを、大人な直江はきちんと受け止め、理解してくれている。 そんな直江に対し、まだまだ未熟な自分が気恥ずかしい。僅かに赤くなっている気がする顔を直江から逸らす高耶は、心の中で自分を省みる。 「・・・そうだ。高耶さんはクリスマスイブはどうされるんですか?」 そんな高耶の胸の内を知ってか知らずか、話題を変えた直江からそう尋ねられた高耶は、逸らしていた視線を直江へと戻した。 やはり誰かと過ごす予定があるのだろうか。 「何も予定は入ってねぇけど・・・」 小さく首を傾げる高耶がそう答えると、直江は何故かホッと安堵したような表情を浮かべて見せた。 「それなら、イブの夜も食事を作って貰えませんか」 鳶色の瞳を柔らかく細める直江から、そんな予想もしていなかった言葉を告げられた高耶は驚く。 「誰かと一緒に過ごすんじゃないのか?」 思わずそう問い返した高耶に対し、僅かに驚いた表情を浮かべていた直江は、続いてふと小さく苦笑して見せた。 「そんな人は居ませんよ」 こうして毎晩のように高耶と食事を共にしている事からも、直江に恋人は居ないのかもしれないが、クリスマスとなると話は別だ。 今年も一人淋しく過ごす事になるのだろうと思い込んでいただけに、直江と共に過ごせると分かって嬉しい―――と、そんな事を思ったところで、高耶はハッと我に返る。 (・・・って、何を喜んでるんだオレは) 喜んでどうする。 共に過ごす相手が女性ならまだしも、男と過ごすクリスマスなんて不毛の一言に尽きる。 直江だって、クリスマスに共に過ごす相手を絞り切れず、困った末に高耶を選んだのかもしれないではないか。 喜んでしまった自分が恥ずかしい。 「・・・しょうがねぇな。作ってやるよ」 そう言いながら、再び赤くなった気がする顔を直江から逸らす事で隠す高耶は、「ありがとうございます」と返す直江の顔に浮かぶ嬉しそうな笑みに気付く事は無かった。 |
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