泣きじゃくるあなたを、カカシが優しく慰めます 8.幸せで 愛しい存在がこの腕の中にいる。 目の前にある黒髪にすりと鼻先を摺り寄せ、その匂いを嗅ぐ。 イルカの太陽のような匂いに混ざって、自分の匂いがほんの少しだけするのに気づいて、カカシは小さく笑みを浮かべた。 イルカが昨夜、カカシのものになってくれた。 過ぎる快楽に、涙をたくさん流していたイルカ。 泣かせたくはなかったけれど、カカシももう止まらなくて。 戦慄く唇を宥めるように何度も口付けて、羞恥に身を捩るイルカに、何度も「大丈夫」と真っ赤な耳にキスしながら囁いて。 そうして、優しく抱いた。 今は閉じられている黒い瞳にカカシを映しながら、少し笑みを浮かべて受け入れてくれたイルカが、愛おしくて仕方がない。 カカシの腕の中、心地良さそうに眠るイルカをそっと引き寄せ、抱きしめる。 艶やかな黒髪に顔を埋める。 外は昨夜の雨が嘘のように晴れているのだろう。目覚めたばかりの柔らかい太陽の光を、カーテン越しに浴びながらこうしていると、この世でイルカと二人きりのような気がしてくる。 出来ればずっと、このまま二人だけの世界にいたいけれど。 (そろそろ時間かな・・・) イルカをそろそろ起こさないと、今日もアカデミーがあるだろうし、昨夜は夕飯も食べずに雪崩れ込んでしまったから、お腹が空いているだろう。 「・・・イルカ先生」 そっと腕の中のイルカに囁く。 ちゅと額にキスを落とす。そこだけじゃなく、頬にも、唇にも。 そして、たくさん泣いたから少し腫れた目蓋にも。 「・・・んん・・・」 まだ眠たいのか、覚醒を促すカカシの唇から逃げるように、顔を顰めてむずがるその姿がとても愛らしい。 睫が揺れ、ゆっくりとイルカが目を覚ます。 「・・・おはよ」 イルカのまだ霞んでいる瞳を覗き込みながら、笑みを浮かべてそう言えば。 「・・・っ」 すぐ近くで見つめるカカシを認めた途端、目を見張ったイルカが、ボンッと音がするくらい一気に真っ赤になった。 その姿にカカシの笑みが深くなる。 顔を伏せ、カカシの腕の中から逃げようとするイルカを許さず、胸元に抱き込むと。 諦めたのか、だんだんとイルカの身体から力が抜けていき、そうして一言。 「・・・おはよう、ございます・・・」 恥ずかしいのか、凄く小さくて、掠れてしまっている声が聞こえてきた。 「ん。・・・声、嗄れてる。大丈夫?」 腕の中のイルカが、カカシの胸元に顔を埋めたままこくんと頷く。 「身体も。・・・大丈夫?」 カカシのその言葉に、抱き込むイルカの体温が上がる。 カカシの胸元に、隠すように顔をますます押し付けて、小さくこくんと再び頷く。 それに内心ホッとため息を吐いて、カカシは目の前にあるイルカの髪にちゅと口付けた。 「イルカ先生」 顔を見せて欲しくてイルカの名を呼ぶけれど、顔を上げようとしない。 恥ずかしいのかなと思っていたのだが、抱き込む体が少し震え始め、さらには鼻を啜る音も聞こえてきて。 「・・・イルカ先生、泣いてるの?」 そう訊ねたカカシに、イルカがふると首を振ってそっと見上げてくる。 (泣いてる・・・) 泣いていないと首を振ったイルカの瞳には、たくさんの涙が浮かんでいて。 イルカが泣いている事に、カカシの胸がズキンと痛む。 もしかすると、まだ早かったのかもしれない。 イルカの心の準備がまだ出来ていないのに、カカシが無理に奪ってしまったのかもしれない。 カカシは凄く幸せだけれど、イルカは違うのかもしれない。 イルカの涙を拭いながら、性急に事を進めてしまった自分を責め始めた頃。 「幸せだなと、思って・・・」 涙を零しながらも、その言葉通り、本当に幸せそうにイルカが微笑むのを見て。 カカシはそんなイルカを、きつくきつく抱き込んだ。 泣き方を忘れたカカシが、泣いてしまいそうだった。 「・・・オレも幸せですよ、凄く」 こうしてイルカと共に、幸せな朝を迎える事が出来た。 イルカという太陽のように暖かい存在を、この手にする事が出来た。 再び鼻を啜るイルカの背を擦る。 少しだけ体を離して、イルカの漆黒の瞳をそっと覗き込むと、そこには大量の涙が浮かんでいて苦笑した。 「・・・イルカ先生。これからずっとこんな幸せが続くんですよ?その度にそんなに泣いてたら、涙が枯れちゃう」 だから、もう泣かないで? もうイルカには泣いて欲しくなくてそう告げたのに、イルカがひんと息を大きく吸い込んだと思ったら、ボロボロと大粒の涙を零してさらに泣き出してしまう。 それを見たカカシが内心慌てながら、次から次へと湧き出るイルカの涙を懸命に拭っていると、イルカが腕を伸ばしてカカシにぎゅっと抱きついてきた。 「ずっと・・・っ、ずっと一緒にいてくれるんですか・・・?」 泣きじゃくるイルカに耳元でそう訊ねられて、カカシは苦笑してしまった。 (それはこっちの台詞・・・) カカシはイルカに恋をした時から、イルカの側にずっといると決めている。 それに、イルカの熱を手に入れた今、どんな事があろうとイルカの側を離れたくない。離れられない。 たとえ、イルカが嫌がろうとも。 「・・・ずっと一緒です。どんな時でもあなたの側にいます。任務で離れている時も、あなたの事を考えるし、必ずあなたの所へ戻ってきます」 イルカの体を少し離して、涙の浮かぶ瞳を覗き込む。 涙の伝う頬に手を沿え、そっとそれを拭う。 本当に?と言いたげに見つめてくるイルカに、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべると。 「イルカ先生は知らないかもしれませんが、オレはとってもしつこいんです」 もう逃げられませんよ? そう言って、嬉しそうにふわりと笑みを浮かべてくれたイルカにそっとキスをした。 このキスに誓おう。 ずっと、イルカの側にいると。 イルカを泣かせたりしないと。 誘うように開かれるイルカの唇に、カカシが舌を滑り込ませようとしたところで、くぅと小さな音が下から聞こえてきて。 パチと閉じていた目を開くと、目の前のイルカが今までになく真っ赤に染まっていたりするから。 カカシはつい、ぷっと吹き出してしまった。 「笑わないで下さいっ」 笑い始めたカカシを見て、イルカが涙を滲ませてしまう。 さっき泣かせないと誓ったばかりなのに、もう泣かせてしまったのが申し訳なくて。でも、恥ずかしそうなその泣き顔は凄く可愛らしくて。 (この涙はいいかな) 可愛らしい涙は除外してもいいだろうと心の中で言い訳して、笑みを消して殊勝な顔を作ると。 「ゴメンなさい。夕飯も食べずにがっついたオレが悪かったです。お詫びに美味しい朝ご飯作るから」 だから、機嫌直して? そう言って、真っ赤に染まるイルカのちょっと膨らんだ頬に、宥めるようにちゅっとわざとらしく大きな音を立ててキスをした。 そんなカカシに仕方ないなという表情をしてみせていたイルカが、次にじわじわと嬉しそうな笑みを浮かべるのを見て。 (あぁ、幸せだ) カカシも笑みを浮かべて、イルカの微笑む唇にちゅとキスを落とすと、愛しいイルカの空腹を満たすため、朝食を作りにベッドを抜け出し、台所へと向かったのだった。 |
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