忍犬は好きですか? 5 「オレの好物ばっかりだ・・・」 川の側にあった大きな岩の上に二人並んで座り、持参した弁当をさっそく拡げ始めたイルカの手元を覗き込んだカカシがそんな事をポツリと呟く。 「パックンが、カカシ先生の好物がみんな好きだからって言っていたので、秋刀魚と茄子を中心に作ってみました。あ!天ぷらは入れてませんし、玉子焼きはちゃんと甘さ控えめですよ」 笑みを浮かべてそう答えたイルカを見て、カカシがハァと盛大な溜息を吐く。 「・・・嫌いなものまで話してたんですか。アイツらは・・・」 それを聞いたイルカは焦った。このままでは、イルカに色々と教えてくれていたパックンたちが叱られてしまう。 「あの・・・っ、パックンたちを叱らないでやって下さい。俺、口は堅いですから。聞いた事、誰にも話してませんし・・・」 おずおずとそうお願いしたイルカを見たカカシが、大丈夫というように笑みを浮かべる。 「・・・イルカ先生の事は信頼していますよ。あなたは人の弱点を言いふらす様な人じゃない」 ハッキリとそう言われて、イルカはその口元を緩めた。カカシに信頼されているのが嬉しかった。 「ただ・・・。アイツらから色々と聞かされてたみたいで、ちょっと・・・というか、かなり恥ずかしいんです」 苦笑に変わったその笑みを見て、イルカはつい、ぷっと吹き出してしまった。 笑みを浮かべたまま手元に視線を落とし、取り皿にカカシの分を取り始める。 「そうですね。確かに色々と聞かされました。・・・でも、そのお陰でカカシ先生の事を身近に感じられて、俺は嬉しかったんですよ?」 そう言いながら、イルカは取り皿をカカシへ差し出した。 「パックンたちがいなかったら、こうやって一緒にお弁当なんて食べられなかったでしょうし」 ね?と、そう言ったイルカから取り皿を受け取ったカカシが、それを手に俯く。 「・・・さっき、パックンに叱られました」 「え?」 小さく笑みを浮かべたカカシが、イルカへと視線を向けてくる。 「いい加減に自分の気持ちを自覚しろ、と・・・。そして、さっさと告白しろ、あなたはきっと受け入れてくれるからって」 「えっ!?」 驚きの声を上げたイルカを見て、カカシが手に持っていた取り皿を横に置き、イルカへと向き直った。 カカシが手を伸ばし、自らの額当てを取り去るのを見ているイルカの胸が高鳴り始める。 「・・・オレの気持ちは、もうアイツらから聞かされて気付いているのかもしれませんが・・・。それでも、これだけは直接言いたい・・・」 そう言いながら、カカシはその口布さえもゆっくりと引き下ろした。その端正な素顔を見たイルカの胸が、高鳴り過ぎて痛いほどになってくる。 イルカをじっと見つめてくるその蒼い瞳はどこまでも澄んでいて、イルカは、こんな時なのにその瞳が凄く綺麗だとぼんやり思った。 カカシが、すぅと小さく息を吸う。 「・・・あなたが好きです」 視線を絡め取られ、真っ直ぐにイルカへと届いたその言葉は、イルカの痛いほどに高鳴っていた胸を一突きにした。 「こんなにも誰かが気になったのは初めてで、自分でも自分の気持ちがよく分かっていなかったんですが・・・。アイツらが教えてくれました」 そう言って小さく笑ったカカシがイルカから視線を外し、離れた場所で遊んでいる忍犬たちへと視線を向ける。 カカシのその瞳は忍犬たちへの優しい想いで溢れていて、それを見たイルカの胸は、さらに高鳴った。 (嬉しい・・・) 嬉し過ぎて唇が震え、言葉を紡ぐのが難しい。 けれど、イルカは動こうとしないその唇を懸命に動かした。 伝えたかった。イルカも同じだという事を。 「俺も、です・・・」 カカシがイルカのその言葉を聞いた途端、慌てて振り向く。 「俺も、カカシ先生の事が好きです」 震える声でそう告げた途端、イルカは涙が溢れ出しそうになって困った。 眉尻を下げて笑みを浮かべるイルカを見たカカシが、同じく眉尻を少し下げ、嬉しそうな笑みを浮かべる。 「イルカ先生・・・」 カカシの手が、イルカの頬へそっと伸ばされる。 じっと見つめてくるカカシの蒼い瞳がどんどん近付いてくるのを感じたイルカは、期待に潤むその瞳をそっと閉じた。 だが。 吐息すら掛かりそうな程に近づいたカカシが、イルカの唇に触れる寸前、その動きをピタリと止める。 (え・・・?) 閉じていた目をパチッと開けると、イルカの目の前に、その眉間にくっきりと皺を寄せたカカシがいた。 「・・・カカシ先生?」 イルカの小さな問いかけにふと目元を緩めたカカシが、「ちょっと待っててね」と、こちらも小さな声で答える。 そうして。 「オマエら・・・ッ!」 イルカが聞いた事の無い低い呻り声でそう言いながら、バッと後ろを振り返った。 「ヤバイ!見つかったぞッ!」 「じゃから言ったじゃろうが!もう少し離れんと見つかると!」 そう叫んだパックンたち忍犬が一斉に岩の陰から飛び出す。 「ッ!お前たち、いつからそこに・・・っ」 それを見たイルカは、キスされそうになっていたのをパックンたちに見られていたのかと、その顔を羞恥から真っ赤に染めた。 恥ずかし過ぎて、目が回りそうになる。 「コラ!待て・・・ッ!コソコソ覗き見なんて趣味が悪いぞッ!」 そんなイルカを置いて、そう叫んだカカシが忍犬たちの後を追い始める。 それを呆然と見送っていたイルカだったが、追いかけるカカシの顔に笑みが浮かんでいるのを見て、イルカもその顔にふと笑みを浮かべた。 (楽しそう) 忍犬たちのお陰で、カカシと気持ちを通じ合わせることが出来た。 ちょっと微笑ましいカカシや、こんなに楽しそうなカカシを見る事が出来るのも、忍犬たちのお陰だ。 カカシと忍犬たちの追いかけっこを大きな岩の上から見守りながら、イルカはその日、その顔に浮かぶ幸せそうな笑みを絶やすことは無かった。 |
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