時を越えて 6 未来からやって来たカカシが姿を消してから数日後。 肩に大きな傷を負い、チャクラが切れた状態ではあったが、安否の分からなかったカカシが里へと戻って来た。 カカシ本人から大丈夫と言われ、カカシの治療に当たった綱手からも命に別状は無いと聞かされていたが、午後の授業を終えたイルカが急いで向かった先。里一番の医療技術を誇る木の葉病院は、カカシと共に戻って来た部隊の者たちへの対応で、未だ混沌としていた。 そんな中、教えられていた病室へと真っ直ぐに向かったイルカは、淡い色合いの扉を音を立てないようゆっくりと開けた。開けた先、ベッドの上で昏々と眠るカカシを見て、ようやくほぅと安堵の溜息を零す。 薬が効いているのか穏やかな寝顔だが、少し痩せただろうか。 今回の任務がそれだけ過酷だったという事だろう。瞳を切なく眇めるイルカは、黄昏色に染まる病室の中へそっと入り、ベッドの傍らに置かれた椅子にゆっくりと腰掛けた。眠るカカシの手を握り込み、その温もりを確かめるイルカの漆黒の瞳に徐々に涙が浮かんでいく。 (・・・良かった・・・っ) 未来から来たカカシの言葉を信じていなかった訳ではないが、こうしてこの目で確かめるまで不安で仕方が無かった。 さすがはカカシと言うべきだろうか。 この約一ヵ月間。イルカが毎日通い、サクモと名乗っていたカカシと食事を共にしていたはずのカカシの生家が、まるで初めから誰も住んでいなかったかのように綺麗に片付けられていたからだ。 ―――この時代の事を、私の時代へ持ち込むつもりはないよ。逆もそうだ。 イルカ以上に互いの時代の事を考えていたカカシの事だ。 この時代に存在したという痕跡すら残さず姿を消したカカシが、父であるサクモの名を騙ったのは、未来を大きく変えてしまわないよう、未来から来た事を隠しておきたかったのだろう。 「・・・んせ・・・」 「・・・っ」 意識が戻ったのだろうか。掠れた小さな声で名を呼ばれたイルカは、知らず俯かせていた顔を急いで上げた。 上げた先。 「・・・心配掛けて、ゴメンね・・・?」 イルカの瞳が潤んでいる事に気付いたのだろう。深蒼の瞳を切なく眇めるカカシから小さくそう告げられたイルカは、心配掛けさせるなと思う存分詰って良いと言っていたカカシの言葉を思い出す。 「・・・それから、誕生日も・・・。当日にお祝い出来なくてゴメンね・・・?」 思う存分詰るのは、もう少し後でも良いだろうか。 こうして生きて帰って来てくれただけで充分だというのにそうも告げられ、ふるふると首を振って返すイルカは、その漆黒の瞳から涙を溢れさせる。 左目に写輪眼を宿しているカカシの任務は過酷だ。これからも、カカシの身に危険が降り掛かる事はあるのだろう。 それに、世間一般で異端とされる二人の関係が、穏やかなままずっと続くとは限らない。 二人を襲ういくつもの波乱の中、ほんの少し選択を違えれば、未来が変わってしまう可能性は充分にある。 けれど、あのカカシに再び会う為ならどんな努力も惜しまない。惜しみたくない。 会ってお礼が言いたいのだ。 二人は未来でもきっと共に在る―――。 カカシを失うかもしれない恐怖を幾度となく味わって来たイルカに、未来からやって来たカカシは、希望という名の最高の誕生日プレゼントを贈ってくれたのだから。 「・・・カカシさんには一番に祝って貰いました」 柔らかな笑みを小さく浮かべて囁くようにそう告げるイルカは、カカシが任務に就くたびに不安を抱え、カカシを失うかもしれない恐怖に怯えていた自分が、少しだけ強くなった気がしていた。 * 開け放たれたままの窓から、心地良い風が吹き込んで来ている。 梅雨入り前の貴重な晴れ間が覗く書斎の窓の外。里外れに建つカカシの生家を覆うように自生する大きな桜の木は、茂らせた葉の隙間から、キラキラと光輝く木漏れ日を落としていた。 桜の枝先に止まった小鳥のさえずりのみが聞こえ、誰も居なかったはずの書斎の中。淡く発光するカカシが、長い銀髪を揺らして現れる。 陽炎のように朧げだった身体が揺らぎを無くし、軽い酩酊感に襲われていたカカシがゆっくりと深蒼の瞳を開くと、そこは、先ほどまで居たイルカの家ではなかった。 (・・・元の時代に戻った・・・のか・・・?) 辺りをそっと見回し、自分に使い易いよう配置された書棚と、つい最近手に入れたばかりの書籍を見止めたカカシは、どうやら元の時代に戻ったらしい事を知る。 「・・・カカシさん?」 そんなカカシの耳に、居間のある方向からカカシの名を呼ぶ声が聞こえ、カカシはほぅと安堵の溜息を吐いていた。 突如として過去に跳んでしまい、元の時代に戻って来れるかどうかだけが心配だったが、どうやら過去に飛んでいた約一ヶ月間は、こちらの時代のほんの数分間だったらしい。 イルカに隠れて木の葉図書館へも行き、四代目火影の時空間忍術について色々と調べてみたが、結局、過去に跳んだ原因は分からず仕舞いだった。 ―――俺たちは・・・っ、俺たちは未来でも共に・・・っ。 もしかするとカカシを呼んだのは、カカシを失うかもしれないと不安に思うイルカの強い想いだったのかもしれない。 涙ながらに未来も共に在りたいと望んでくれていたイルカの姿を思い出し、カカシはふと小さく柔らかな笑みを浮かべる。 「どこですか、カカシさん」 再度名を呼ぶ声に「今行きます」と返したカカシは、書棚の奥に隠しておいた誕生日プレゼントを手に取り、五月終わりの爽やかな木漏れ日が漏れ入る書斎を後にした。 |
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