七夜月 後編






「・・・カカシ・・・先生?」
「はい、こんばんは。イルカ先生」
窓枠に手をかけたカカシが、片手を上げて挨拶をしてくる。だが、イルカはしばらくの間、カカシを見つめたまま身動きする事が出来なかった。
星が見せてくれた幻なのかもしれない。そう思った。
商店街で貰った短冊のもう一枚を持ち帰ったイルカは、『あの人が無事に早く帰ってきますように』と願いを書いて窓辺に飾っておいたのだ。
窓辺で夏の風に揺れるその短冊に気が付いたカカシが、それを手に取り眺める。
「・・・これは嬉しい願い事ですねぇ。あなたの願い通り、もうすぐ帰れると思いますよ」
そう言ってにっこりと微笑んだカカシに、それまでぼんやりとカカシを見つめていたイルカはハッと我に返った。
「え・・・あれ?本物?」
「・・・あー、正確に言うと本物じゃないです」
影分身ですオレ、と笑って言いながらサンダルを脱ぎ中に降り立ったカカシに、「なっ」と絶句したイルカは慌てて詰め寄った。
「大事なチャクラ消費して何してるんですかっ」
「逢いたかったから」
カカシが即答する。
ちょっとだけ無理しちゃいましたと、柔らかく笑みを浮かべて見せたカカシに、イルカははぁと大きく溜息を吐いてみせた。
ここまで来てしまったのは仕方ない。早く影分身を解かせてチャクラを温存させないと、今本体が戦闘になったりしたら非常に不味い。
「・・・逢えたんですからもういいでしょう?影分身解いて下さい」
「えぇ?イヤですよ」
せっかく久しぶりに逢えたのに、とぶちぶち文句を言うカカシを、イルカは「ダメですよっ」と叱りつけた。
イルカに叱られ、ひょいと肩を掠めたカカシが小さく苦笑する。
「・・・もうちょっとだけ話をさせて下さい。イルカ先生不足で死にそうだったんです。体力使うような事はしないから。ね?」
カカシに上目遣いでそうお願いされ、イルカはしぶしぶ「三十分だけですよ」と承諾した。
イルカのその言葉に嬉しそうに笑ったカカシが、その手に持っていたサンダルを行儀悪く玄関へと放り投げる。額当てを外し口布も下ろす。
久しぶりに見たカカシの素顔に、渋い顔をしていたイルカも顔を僅かに綻ばせた。
胡坐をかいて座ったカカシが、側に立つイルカへと視線を向ける。
「イルカ先生」
囁くようにイルカの名を呼び両手を広げるカカシに、イルカは吸い込まれるように身体を寄せていた。
カカシの腕の中に収まった途端、力強い腕に抱き締められ、イルカからほぅと安堵の溜息が零れる。イルカもその広い背中に手を回しぎゅっと抱きつく。
「・・・逢いたかった」
その声はどちらのものだったか。
しばらくの間、二人は互いの体温を感じるように抱き合って動かなかった。
「・・・ホントは、抱いてしまいたいんですけど・・・。本体が嫉妬しそうだから止めておきますね」
落ち着いた頃に聞こえてきたカカシの、苦笑混じりの直接的な台詞。
それにかぁと顔を染めたイルカは、「そうして下さい」とカカシの胸の中でもごもごと答えた。
「その代わり、何かお話して下さい」
腕を解いたカカシがイルカの頬に手を添え、その瞳を柔らかく細めてそう言う。
そのカカシの背後。煌く天の川を視界の端に捉えたイルカは、視線を空へと向けながらその口元を緩めた。
「・・・今日は七夕ですよ、カカシ先生」
「あぁ、そういえばそうですね。・・・すっかり忘れてましたが」
イルカの視線を追い、カカシが背後の空を見上げる。その口元にふと笑みを浮かべる。
「今年は綺麗に晴れましたねぇ」
「・・・今日カカシ先生が逢いに来てくれるなんて、まるで織姫と彦星ですね。俺たち」
空を見上げたまま笑みを浮かべてそう言ってみると、そんなイルカに、カカシは憮然とした表情を浮かべて見せた。
「三ヶ月でも死にそうだったのに、一年も会えなかったら本当に死んでしまいますよ」
それを聞いたイルカの顔から、不意に笑みが消える。
「・・・織姫と彦星は辛いでしょうね」
小さくそう呟いたイルカの言葉に、ふと苦笑したカカシが小さく首を傾げて見せる。
「・・・どうして?」
「一年に一度しか会えないなんて、辛過ぎますよ・・・」
僅かに俯いたイルカがそう言うと、カカシは僅かに首を振った。イルカの手を取り、「それは違うよ、イルカ先生」と諭す。
「一年にたった一度でも。生涯愛すと決めた人に必ず逢えるのなら、その二人は幸せなんですよ」
聞こえてきたその言葉に、イルカはゆっくりと顔を上げた。
「・・・そうでしょう?」
上げた先。そう言って微笑んだカカシに、イルカは小さく笑みを浮かべて見せた。
「・・・そうですね」
一年にたった一度でも。
愛しい人に逢えるのなら、きっと今のイルカのようにその二人は幸せなのだろう。


カカシと共にしばらく穏やかな時を過ごしたイルカは、「そろそろ行って下さい」とカカシに促した。
「本体に戻ったらさっさと任務を終わらせて帰ってきますよ。だから、もう少しだけ待ってて?淋しい思いをさせてしまいますが・・・」
イルカの頬へと手を滑らせたカカシが、済まなそうな顔をしてそう言う。
そんなカカシにイルカはふわりと笑みを浮かべて見せた。
「大丈夫ですよ。あなたは俺が生涯愛すと決めた人ですから。・・・ここでいつまでも待っています」
小さくそう告げたイルカに嬉しそうに笑みを浮かべたカカシが、そっと口付けを落とす。
そして。
「愛してますよ、イルカ先生・・・」
囁くようなその言葉を残し、カカシは煙を上げて消えた。



そっと空を見上げる。
どこかの空の下、カカシもきっと同じ星を見ている。
「・・・俺もです。だから、必ず無事に帰ってきて下さいね・・・」
イルカは、願いが叶うという二つの星を見つめながら、小さな声でそう呟いた。