優しく 前編






風呂に入り汗を流してさっぱりした所で、夕飯でも作るかと浴衣の袖を捲り上げた時だった。

外に人の気配を感じてイルカは玄関のドアを開けた。
今日も暑い一日だったが、夕方はだいぶ涼しい。俯きがちに開けたドアから、涼しい空気が中へと入ってイルカの下ろしている生乾きの黒髪を撫でる。顔を上げた先には、片手にビニール袋を提げたカカシが立っていた。
「こんばんは、イルカ先生」
「カカシ先生・・・?どうかしたんですか?」
今日来るなんて約束はしていない、・・・はずだ。
互いに気持ちを確かめ合ってしばらく経つが、カカシはイルカの家に来るのにわざわざ約束を取り付ける。そんな約束しなくても、いつでも訪ねてきてくれて構わないというのに。
「今日は早上がりだったんですね。受付所にもアカデミーにもいなかったから、こっちに来ちゃいました」
カカシはそう言って、手に持っているビニール袋をカサと音をさせて差し出してくる。
「ジャガイモのお裾分けです」
受け取って中を覗くと、大きなジャガイモがたくさん入っていた。
「そういえば、今日は収穫のお手伝いでしたね」
子供達が今日の暑さに文句を言いながら作業する姿が浮かんで、イルカは笑みを浮かべた。

「夕飯作るところだったんです」
肉じゃが作りますから、食べて行かれませんか?というイルカの言葉に、カカシは珍しく頷いた。どうぞ、と中に招き入れる。
「お風呂貸して下さい」
上がってすぐに素顔を晒してベストを脱ぎながら、カカシはそう言い出した。
「任務あがりにそのまま来たんで汚れてるんです」
(珍しい・・・)
何だか、今日のカカシはいつもと違って全く遠慮する素振りを見せない。
いつもは、家に来るのに約束を取り付けたり、一緒に飲んだ帰りに飲み直そうと家に誘っても遠慮して来なかったり。夕飯だって誘っても遠慮するし、もちろん、お風呂を貸して下さいなんて初めて言われた。
「どうぞ。これ良かったら使って下さい」
箪笥から着替えにと浴衣と新品の下着を取り出しカカシへと差し出す。
「ありがとうございます」
受け取ったカカシを風呂へと案内すると、イルカは夕飯を作る為に、下ろした髪を首の後ろで緩く結わえながら台所へと向かった。


ジャガイモを千切りにしてパリパリに焼いたものをサラダの上へと振り掛ける。ちょうど出来上がった肉じゃがと一緒に食卓へと運んだところで、浴衣姿のカカシがタオルで髪を拭きながらやってきた。
「ちょうど良かった。肉じゃが出来ましたよ」
「美味しそうですね」
座って胡坐を掻いたカカシに、ご飯をよそった茶碗と箸を手渡す。
「いただきます」
食卓が整い、イルカが席に着くのを待ってから手を合わせて言うカカシに倣って、イルカもいただきますと言うとホクホクしたジャガイモに箸を伸ばした。

食事の間、カカシは無口だった。
食べ終わった食器を片付け、台所でお茶を淹れながらイルカはちらと居間でテレビを眺めているカカシを見た。
(何か、あったのかな・・・)
いつものカカシと違う。無口だし、笑顔を見せない。
もしかすると、何か話があって来たのかもしれない。
お盆に乗せたお茶を手に居間へと戻ると、カカシの前にどうぞと置いた。
「今日は何だかいつもと違いますね」
相談事があるのなら、聞いてあげたい。そんな気持ちで、カカシが話をしやすいように声をかける。
「・・・何かお話があるんじゃないんですか?」
カカシがテレビに向けていた視線をイルカへと向ける。
体ごとカカシに向けて、何でも聞きますよ?という顔をしているイルカにカカシは苦笑した。手を伸ばしテレビを消す。
「話というか・・・、ちょっと心に決めた事があって」
苦笑したまま俯き、胡坐を掻いた足の上で組んだ手を見つめる。
「何を、ですか?」
「・・・あなたとの今の関係を、壊したいなと思って」
カカシのその言葉に、ゆっくりとイルカの瞳が見開く。それに気づいたカカシが、慌てたように身をイルカへと乗り出す。
「違います!別れたいとか、そういう事ではなくて!」
その言葉にホッとしたような表情を浮かべたイルカに、カカシもまたほぅと溜息をついた。
別れたいという事でなければ、今の関係を壊したいとはどういうことだろう。
イルカのそんな考えが表情に出ていたのか、カカシがおずおずと口を開いた。
「その・・・、今まであなたに遠慮していろいろと我慢してきたんです」
「・・・?」
遠慮しているのは知っている。付き合っているのだから、それをやめて欲しいとも思っている。
だが、我慢していたとは何を・・・?
カカシは首を傾げているイルカから視線を逸らして俯くと、さらに続ける。
「本当は、いつでもここに来たいし、あなたとずっと一緒にいたい。今日みたいにここで一緒にご飯だって食べたいし、その・・・、泊まったりも・・・したいんです」
そういうと、カカシはイルカの反応を伺うように視線を上げた。
「ダメ・・・ですか?」
叱られた犬のような表情でイルカの様子を伺うカカシに、イルカは笑みを浮かべた。
「ダメなわけないでしょう?俺は遠慮しないで下さいっていつも言ってるじゃないですか」
「・・・泊まるのも、いいんですか?」
「構いませんよ?」
再度確認してくるカカシに、小首を傾げた。ナルトが泊まりに来る事だってあるから、客用の布団はある。泊まるくらい全然構わない。
不思議そうな顔をしたイルカに、カカシはさらに確認をした。
「オレは・・・あなたを抱きたいって、言ってるんですよ?」
「っ!」

直接的な言葉で言われてやっと気づいた。泊まりたいとは、そういう事もしたいという意味も含まれていた事に。
付き合ってはいるが、体の関係はまだなかった。キスだって数えるほどしかない。
真っ赤になって俯いてしまったイルカに、カカシは続ける。
「あ!ダメならいいんです!オレは、それだけの為にあなたとお付き合いしているワケじゃない。・・・あなたが嫌がる事は、したくありません」
イルカが嫌ならストイックな関係でも構わないというカカシの言葉に、イルカは顔を上げた。そこには、どこか淋しそうな顔をしたカカシがいた。
その顔を見つめて思う。
(壊したいのは、俺も同じ・・・)
いつも遠慮してしまうカカシをもどかしく思っていた。遠慮なんかしなくてもいいのに。もっと一緒にいたいのに。もっと・・・触れ合いたいのに。
抱かれる事で、そのもどかしさがなくなるのなら。
(今のこの関係を壊す事が出来るのなら・・・)
少し怖い・・・が、構わない。
「嫌・・・じゃ、ありません」
小さく告げたイルカの言葉に、カカシはハッとしてイルカを見つめてくる。恥ずかしくて、俯く。
「・・・本当に?いいの?」
確かめるように聞いてくるカカシに、イルカは頷く事で答えた。