つらいが重なる 前編 幸せな時間は突然終わりを告げた。 「オレと別れてよ、イルカ先生」 ざわついていた受付所がしんと静まり返るが、イルカの耳元ではガンガンと何かが鳴り響いていて煩い。 (煩い、聞こえない) 耳を塞いで聞こえないようにしてしまいたいが、その前に目の前のカカシが今何と言ったのか聞き返さなければ・・・。 「もう飽きたんだよね。あなた堅物だから浮気も出来ないし」 口を開こうとしたイルカに、カカシが畳み掛ける。周りの者たちが、カウンター越しに話す自分たちを遠巻きに見ているのが視界の隅に映る。 「やっぱり女の方が良くってさ。もうオレを解放してよ」 カカシの言う事が頭に入ってこない。任務を終えて4日ぶりに無事に帰還した恋人に、笑ってお帰りなさいを言いたいのに、思考が止まって口が動こうとしてくれない。 「さよなら」 最後まで動けなかったイルカに、カカシはそう言うとイルカの前から姿を消した。 あの日から3ヶ月。 イルカは今でも受付所に座ってカカシが来るのを待っている。 (つらい) カウンターに座って報告者に笑顔を向けている自分を、遠くから眺めている自分がいる。 あんな事があっても、毎日ここで笑っていられる自分が不思議だ。 受理を済ませて次の報告者へと笑みを向けながら、この調子なら、カカシが目の前に現れたとしても笑って報告書を受け取れるのではとぼんやり考えたが、受け取った報告書を俯いて見つめながら微かに自嘲した。 (・・・無理なくせに) 今でも、この席でカカシに言われた事を思い出すと涙が溢れそうになる。 今、カカシが目の前に現れたら笑顔を向けるなんて絶対に無理だし、泣かない保障も全くない。それどころか、カカシを責めてしまいそうで怖い。 3ヶ月経ってもこの調子なのだ。たぶんこれからもずっと無理だろう。 (つらい) みんなの目の前で宣言するかのように告げられた別れの言葉がつらい。 (つらい) 勝ち誇ったように嫌味を言いに来る女たちの言葉がつらい。 (つらい) 任務に出る前、貪るように何度も求められたのに、あんなに「愛してる」と告げてくれたのに、帰ってきたら人が変わってしまったかのような顔をして別れを告げられたのが訳が分からなさ過ぎてつらい。 (つらい・・・) そして何より。 あの日からカカシに全く会えない日々がとてつもなく、つらい。 (会えたら伝えるのに・・・) 一方的な別れにイルカは少しも納得していない。会ったら、別れたくない、今でもカカシの事が好きなのだと伝えたい。 だが、イルカのそんな気持ちを嘲笑うかのように、カカシはあれから一度もイルカの前に姿を見せなかった。任務報告書をイルカのいない時間帯を狙って提出されたら、それだけでカカシとの接点はなくなってしまう。 (どうして・・・) カカシの事が分からなくて、胸の中でどんどん積み重なっていくつらい気持ちを抱えながらイルカは毎日を過ごしていた。 (ここも・・・!) 火影の書簡を大名へ届ける任務の帰り、イルカは木の葉の里近くの森で戦闘の痕跡を見つけた。 あちらこちらに、クナイや手裏剣が刺さり、木々が抉れている。 (誰か追われてる・・・?) 木の葉の里の方向へ移動しているらしく、だんだんと戦闘の跡が激しさを増していくようだ。里の同胞が追われているのなら援助しなければ、そう思ったイルカは枝を蹴る足に力を込めて走るスピードを上げた。 (ウソ――!) 追いついたイルカが見たものは、大勢の男たちに囲まれたカカシの姿だった。 忍崩れの混ざった集団に囲まれて応戦しているが、人数が多すぎて劣勢だ。 こんな形で会いたくはなかったが、今はカカシに加勢しなければと突然の邂逅に呆けていた足を叱咤して、カカシに近づく為に木の上から隙を伺う。 「火遁・鳳仙花の術!」 カカシの声と共にごぅと音を立てて火の塊があちらこちらに飛び、男たちを火だるまに変える。 残った男たちが怯んだ隙に、枝から跳躍するとイルカはカカシの側に降り立った。 「カカシさんっ!」 「ッ!どうしてここに!?」 「今はそんな事はどうでもいいでしょう!?援護します!」 突然現れたイルカに、男たちがいきり立つ。 飛んでくる手裏剣をクナイで避けながら、カカシの背にトンと背を寄せる。久しぶりに感じるカカシの体温に目頭が熱くなるが、今は目の前の敵を倒さなければ、カカシと話をする事も出来ないとイルカは男たちへと跳躍した。 「こいつ、確か写輪眼の情人だぞ!」 (え・・・?) 粗方の敵を始末して、残るは元は忍らしき男たちだけになった時。 男たちの一人がそう声を上げた。一斉に男たちの目がイルカへと向く。 どうして自分の事を、里外の人間が知っているのだろう。 「じゃあ、奪われた巻物はコイツが・・・!」 それに、話が全く見えない。困惑するイルカの前に、男たちの視線から隠すようにカカシがクナイ片手に降り立つ。 「お前たち、情報が遅いんじゃないの?この人、もうオレとは別れたの」 有名だよ?と言うカカシに男が叫ぶ。 「じゃあ、巻物はどこだ!」 「言うわけないでしょ」 叫んだ男にクナイを飛ばし片付けると、背のイルカに「先に行って」と囁いた。 「駄目です!チャクラも残り少ないのに、まだ10人以上はいるんですよ!?」 「・・・足手纏い」 ぼそりと呟かれた言葉に、イルカはハッとする。確かに、カカシから見れば中忍の自分なんて役に立たないかもしれないが、囮役くらいなら出来る。 「それでも、俺は残ります。あなたに話があるんです」 そう言ったイルカに、カカシははぁと溜息をつくとポーチから何かを取り出した。 「これ何だ」 取り出したものは、巻物だった。それを見た男たちが「あれだ!」「返せ!」と叫ぶ。 「なっ・・・!」 任務で奪ったモノを、あっさり見せるなど普通はありえない。驚くイルカを他所に、カカシは跳躍した。枝の上に立ち、男たちを見渡すと「取り返したかったら捕まえてみれば?」と挑発した。 男たちがその挑発に反応してその場から離れていくカカシを次々に追う。 (何をしているんだ、あの人は・・・・っ!) 奪った巻物を見せた上に、挑発するなんて普通はしない行為だ。 カカシ程の忍ならなおさら・・・。とここまで考えて、イルカはふと思った。 (もしかして・・・) もしかすると、庇ってくれたのだろうか。 イルカが狙われた時、さり気なく前に立ち男たちの視線から隠してくれた。もしかすると、イルカを庇うためにわざとあんな事を・・・。 (それなら尚更追わなきゃ駄目だ!) チャクラの残り少ないカカシが10人以上も倒すのは無理がある。かといって、中忍のイルカに10人以上相手を出来るはずもない。 それなら・・・。 (トラップを仕掛ける・・・!) トラップなら、イルカでも大量の敵を仕留めることが出来る。 持っている装備で最大限のトラップを考え出すと、イルカは急いで仕掛け始めた。 |
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