つらいが重なる 中編






(結構きついね・・・)
男達の中に上忍クラスの者がいるらしく、チャクラ切れ寸前の身では逃げるのがやっとだ。飛んできたクナイを避けながら、出来るだけ遠くへとカカシは急いだ。

―――イルカの身を危険に晒す訳にはいかない。

3ヶ月前、任務で行った国外で同盟国の顔見知りの忍にイルカの事を聞かれた。
写輪眼の情人が噂になっているという事を、その時初めて知った。
「気をつけろよ、相手は中忍なんだろ?人質に取られたりしたら・・・」
その言葉に、カカシは愕然とした。
自分の情人なんていう噂が広まっているだけで、イルカの身が危険に晒されている。
この時ほど、自分の名を恨んだ事はない。また、自分の名を捨てられたらどれほど良いかとも思った。
だが、カカシがカカシである限り、イルカは狙われてしまう。
大切なイルカを危険に晒すくらいなら―――。
カカシは、任務から帰って身を切られるような思いを抱えてイルカの前に立った。
「オレと別れてよ、イルカ先生」
言ったそばから心臓が軋み痛み出す。震えそうになる体を、ポケットに隠した拳を血が滲むほどに握り締めて押さえる。歪む唇を、口布の下に隠してイルカを傷つけてしまうだろう言葉をわざと選んで口にする。
本当は、こんな事言いたくない。こんな大衆の面前で、イルカに酷いことを言いたくはない。
酷い言葉をわざと選んで言うのは、自分の事を少しでも思っていて欲しいから。それが、たとえ憎悪と呼ばれる感情でも、イルカの中に自分が残れるのならそれでいいと思った。
「さよなら」
最後まで何も言わず、信じられないという顔をして見つめてくるイルカに耐えられなくなったカカシは、短い言葉と共に逃げるようにその場を後にした。

(会わないようにしてたってのに、どうしてこんな時に会うかな・・・)
あの日以来、イルカの姿を見るのがつらくて徹底的に避けた。
唯一の接点は受付所だから、そこだけ気をつければ会わないようにするのなんて楽だった。しかし、イルカに会えない日々はカカシから人間性というものを徐々に奪っていった。
3ヶ月間、ほぼ休みなしで働き続け、任務もS〜Aクラスのものばかりを請け負った。火影から、少しは休めとのありがたいお言葉を頂いたが、それも丁重に断って任務に明け暮れた。まるで機械にでもなったようだった。
今回も、巻物奪還というAランク任務を受けた。巻物を奪った連中の殲滅は依頼になかったから、巻物だけ奪って戻ったのだが・・・。
(こんなことなら殲滅しておけば・・・っ)
ついに逃げ切れずに囲まれてしまったカカシは、応戦するためにクナイを構えなおした。じりじりと包囲する男達が近づいてくる。
「もう逃げられないぞ。巻物を渡せ!」
「渡すわけないでしょうが。何度も言わせないでよ」
飛んでくる手裏剣を屈んで避け、起爆札のついたクナイを男達の中に投げる。ドゥンという音と共に数人の男が倒れるが、飛んでくるクナイの数は減らない。
それらを飛び退りながら避け、爆破の土煙に紛れて木々の間に隠れる。ポーチを探り装備を確かめると、もう武器は残り少なかった。
(拙いな・・・)
このままではやられてしまう。
巻物を奪われるわけにはいかないし、こんなところで死んでしまっては再びイルカが危険に晒される可能性がある。
どうしようか考えながら、少しでも敵を減らすためにクナイ片手にカカシは跳躍した。

(確かこっちから・・・!)
先ほど聞こえた大きな爆破音を頼りにカカシの元へ急ぐためにイルカは足を速めた。
キインというクナイ同士がぶつかる音と、カカッという木に手裏剣が刺さる音が聞こえる。音のする方向へと向かっていたイルカは、ざざと音をたてて草叢から目の前に現れた人間にクナイを向けた。途端にそれを弾かれる。
「イルカ先生!?」
「ッ!カカシさん!」
クナイを弾いたのはカカシだった。怪我もなく無事な様子にホッとする。
「どうして追ってきたんですか!」
手を引かれて草叢に隠れてすぐに叱られた。上忍であるカカシの命令を無視したのは、確かに悪いとは思ったが、命令に従っていたらカカシの命はない。絶対に死なせるわけにはいかなかったから、追ってきたのだ。
「俺だって忍です!囮くらいにならなれます。俺を使って下さい、カカシさん」
「・・・ダメです」
一人では厳しくても、二人なら何とかこの窮地を切り抜けられるかもしれないのに、それでもカカシはイルカを使わないという。その理由が分からなくてイルカはカカシに詰め寄った。
「っ、どうして!」
「あなたを危険に晒すわけにはいかないんです!」
カカシのその言葉にハッとする。やはり、カカシはイルカを守るために男達を挑発してイルカから引き離そうとしたのだ。
もしかしたら、まだ愛されているのかもしれない。
切羽詰ったようなカカシの表情を見て、こんな時なのに微かに笑みが浮かぶ。
「トラップを仕掛けてあります。そこまで俺が囮になりますから」
「だから、それはダメ・・・」
「はたけ上忍」
「っ」
どうしても折れないカカシに、イルカはわざとそう呼んだ。今ここにいるのは、上忍であるカカシと、中忍であるイルカなのだと思い出させるために。
「俺は大丈夫です。これでもトラップの腕はいい方なんです。トラップで仕留められなかった敵は、はたけ上忍にお願いします」
カカシはじっとイルカの眼を見つめた。もしかすると、もう諦めているからこんな事を言うのかもしれない。それなら尚更囮なんてさせられない。だが、イルカの眼には諦めなんて微塵もなく、生き残ろうとする力強い光しか見えなかった。
「・・・分かった、囮になって。イルカ先生」
苦悩の表情で、上忍として指示を出すカカシにイルカは笑みを返した。
「早くそう言って下さい。上忍失格ですよ。カカシさん」

男達が狙う巻物に似せて偽の巻物を作ったイルカは、それを手に草叢を飛び出した。
わざと男達の目に留まるように、拓けた場所を通る。
「いたぞ!」
「あいつ、巻物持ってるぞ!」
(しっかり着いて来い)
次から次へと襲い掛かる男達を避けながら、イルカはトラップの場所まで死ぬ気で走った。木の枝を伝い、足に残りのチャクラを集中させてスピードを上げる。
(あと少し・・・っ)
かなり拓けた場所に出たところで飛んできたクナイが足を掠めて、転がる。
怪我を手で押さえ痛みに顔を歪めていると、男達が地面に蹲るイルカを囲むようにゆっくりと近づいてきた。
「もう鬼ごっこはおしまいだな。写輪眼の女」
「巻物を渡せ」
勝ち誇ったかのように言ってくる男達に、イルカは不適な笑みを返した。
「おしまいなのはお前達の方だ」
その言葉と共に、イルカは手にした巻物を地面へと叩き付けた。あたりに閃光が走る。
「なにっ」
動揺する男達の足元から、次々に火柱が上がる。ドンと大きな音を上げて、男達が爆発に巻き込まれる。イルカが仕掛けたトラップは、起爆札を多用したものだった。ひとつの刺激で連鎖的に次々と起爆札が発動し、起爆スイッチ周辺は木っ端微塵に吹き飛ぶ。これなら、イルカを囮にすれば一度に大量の敵を屠ることが出来ると考え出したトラップだ。
周りで起こる爆発の強い風に晒されながら、イルカは急いで印を組み始めた。

イルカのいた辺りを中心に、何度も聞こえる大きな爆発音と共に土煙が上がるのをカカシは木の上から飛び出したいのを懸命に押さえて見ていた。この爆発ではイルカも巻き込まれてしまったかもしれない。
焦燥感を募らせながら、カカシはただ土煙が収まるのを待つしかなかった。
(イルカ先生―――!)