つらいが重なる 後編 辺りを覆っていた土煙が収まり始めた頃、イルカは張っていた簡易結界を解いた。 起爆スイッチ周辺には害が及ばないように計算して仕掛けてはいたが、凄まじい爆風は避けられない。簡易とはいえ、結界はイルカをしっかり守ってくれていた。 これで敵の殆どを始末できたはずだ。後はカカシと合流して・・・。 「やってくれるじゃないか、写輪眼の女」 背後から聞こえた声と共に、首筋にクナイが当てられる。 (まだ残って・・・っ) あれだけの爆発に巻き込まれて生き残ったということは、上忍クラスなのだろう。 下手に動かない方がいいと判断したイルカは動きを止めた。 「巻物を渡してもらおうか」 「・・・だから、さっきから渡すわけないって言ってるでしょ?」 カカシの声と共に当てられていたクナイが外れ、ドサリと男が崩れた。後ろを振り返ると、そこにはもう一人男を抱えたカカシが立っていた。 「カカシさん!」 「これで全部、かな。足、大丈夫ですか?」 カカシは抱えていた男を放り投げると、イルカへと向き直った。やっとまともにカカシを見られて、頷いたイルカの目に涙が浮かぶ。久しぶりに見るカカシは、以前より精悍な顔立ちになっている気がする。少し痩せてしまったのだろうか。 「助かりました、ありがとう。うみの中忍」 「いいえ!こちらこそ、助けて頂いてありがとうございました。はたけ上忍」 真面目な顔をしたカカシが言うのに、イルカも慌てて返した。お互いに、よそよそしい言葉で礼を言い合って少し笑う。やっと笑みを見せてくれたカカシに、イルカはほっとした。 「素晴らしいトラップですが、今後は出来れば使わないで下さい。あなたが爆発に巻き込まれているのではないかと心臓が止まりそうでした」 そう言って、イルカ一人分を残して全て吹き飛んでいる周辺を見回すカカシにイルカは苦笑した。確かに少し無謀だったかもしれない。だが、勝算はあったのだ。爆発の規模、風向きなど考えられる不測の事態全てを計算してイルカは巻き込まれないように起爆札を配置していた。 「すみません。短い時間に仕掛けられるトラップがこれしか思いつかなくて・・・」 そう言って俯いたイルカに、カカシはふると首を振った。 「謝るのはこちらの方です。あなたを巻き込んでしまった・・・」 「それは・・・っ」 どちらかというと、自分から巻き込まれに行った気がするのだが、カカシは違うと言う。 「オレの情人なんて噂が消えない限り、またこんな事がきっとある。今回は無事切り抜けられましたが、次もそうだとは限らない。次は・・・、あなたを死なせてしまうかもしれない」 しっかりとイルカの瞳を見つめながら苦しそうな表情で告げるカカシに、イルカはあぁそうか、と思った。カカシが3ヶ月前、突然一方的に別れを切り出した理由が分からなかったが、今やっと分かった。 イルカに飽きたからでも、女がいいからでもなく。 イルカが大事だから。傷つけたくないから、噂を消すためにみんなの前であんな酷い言葉を言ったのだ。 (まだ俺はこの人に愛されている・・・) そう思ったら、これまで積み重なってきたつらいが一気に消えてしまった。つらい思いをしたのは、何もイルカばかりではなかった。カカシもまたつらかったに違いない。 「だから・・・、オレにはもう近づかない方がいい」 つらそうな顔をしてそう言うカカシにイルカは苦笑した。なんて顔をするのだろう。 「カカシさん。俺だって忍の端くれです。自分の身くらいは自分で守れます」 「でも・・・っ」 「あなたは俺を侮りすぎている」 「・・・っ」 確かに、カカシから見れば中忍の自分の力は頼りなく見えるのかもしれない。 でも、中忍には中忍なりに築いたキャリアというものがある。技やチャクラ量では負けても、狡猾さでは負けているとは思わない。窮地を自力で切り抜ける力くらいはあるつもりだ。 「今度、そんな事を言ったらあなたにトラップを仕掛けますよ」 少し怖い顔をしたイルカがそう言うのを聞いて、カカシは瞠目した。 イルカはもしかするとカカシなどより全然強いのではないだろうか。技術面ではなく、精神面で。カカシが怖いと思うことを、イルカは平気だと言う。 確かに、イルカのことを侮っていたのかもしれない。中忍のイルカでは、カカシを狙う忍には到底対抗出来ないと思っていた。 だが、どうだ。つい先程、カカシよりもイルカの方が理知的に戦略を立て、最も有効的な方法で敵を殲滅してみせた。 (オレの負け、だね・・・) イルカの優しさも好きだが、こういう強さも好きだ。イルカが強い事は分かっていたのに、イルカに何も言わず勝手に自己完結して別れを切り出した自分は何て馬鹿なのだろうと思う。 弱さから酷い言葉を言った自分を、イルカは少しの忠告だけで許すと言ってくれる。 その優しさにも、カカシは頭が下がる思いだった。 「・・・ごめんなさい。酷い事言ってごめんなさい。別れるなんて言ってごめんなさい」 そう言ってカカシはイルカへと手を伸ばす。この人を、もう自分からは絶対に手放さないと今誓おう。 「今でもあなたを愛しています」 腕の中にイルカを閉じ込め、その首筋に顔を埋めて囁く。 「今度別れるなんて言ったら、あなたの手で殺して下さい。あなたになら・・・殺されても、いい」 トラップの腕はかなりのものですからね。 そう言って口付けてくれたカカシに、イルカはあの日から一度も流れることのなかった涙を零した。 いくつものつらいが積み重なって、身動きが取れなかった。泣くことも出来なかった。 カカシがまだ愛していてくれて嬉しい。 カカシのことをこれからもずっと愛し続けてもいいと分かって嬉しい。 「・・・その時は、俺がこの手で殺してあげます」 うん、と頷いたカカシに、イルカは涙を零しながらも笑みを浮かべた。 (神様―――) もし、神という存在があるのだとしたら。 この罪をどうか許して欲しい。 カカシを殺した後、必ず後を追うだろう自分の罪を。 (それでも俺は、この人と共に逝ける事がとてつもなく幸福なのです―――) |
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