涼夏に見る夢 前編






時折吹く風に、さらさらと笹の葉が擦れ合う音がする。
先ほどまでの激しい雷雨は、夏の暑さをつかの間遠ざけてくれたようだった。
大きく開け放たれた障子の外。
白地に黒の縞嵐が施された浴衣に身を包み、片手に持った杯を口元に持っていくカカシの銀髪を、涼やかな風が撫でて行く。
庭を臨む縁側に置かれた座布団に座るカカシのその視線の先にあるのは、庭のすぐ向こうにある竹林だ。
雨に濡れたその竹林は、そよそよと吹く風に揺れるたび、その笹の葉に付けた水滴を落としているのだろう。擦れ合う音に混ざり、微かな水音をさせていた。
雷雨の後に雲間から覗き始めた夕日にその水滴が反射し、その竹林をきらきらと輝かせている。
(・・・綺麗だねぇ)
今夜の呑みの席にこの家を選んだのは正解だったらしい。
緑と橙の幻想的な交わり。
それを眺めるカカシの瞳が細められる。
「・・・綺麗ですね」
不意に聞こえてきた静かな声。それにふと笑みを浮かべながらそこから視線を逸らしたカカシは、片手を付き背後を振り返った。
そこに居る、黒地に薄茶色の波縞が施された浴衣に身を包んだイルカの姿を見止めたカカシの瞳が、ふわりと柔らかく緩む。
「やぁっと来た」
「遅くなってすみません」
遅いと文句を言うカカシに苦笑していたイルカが、カカシの隣に置かれていた座布団に腰を下ろす。
「家に帰って、これに着替えていたら急に雨が降り出して・・・」
イルカの指先がしっかりと合わせられた襟元に伸び、少しだけそこを引く。僅かに俯いたイルカの伏せた睫に、しばし視線を奪われる。
「・・・夕立のようだったので、止むのを待ってから来たんです」
そう言って笑みを向けてくるイルカに、「そうだったんですか」と一つ笑みを浮かべて見せ、カカシは側に置いておいた盆から杯を取った。
「ま、どうぞ。一つ」
そう言いながら、その杯をイルカへと差し出す。
「ありがとうございます」
嬉しそうな笑みを浮かべて受け取ったイルカの杯に、続いて取った銚子を傾け、ゆっくりと酒を注いでいく。
黒髪を高く結い、黒を基調とした浴衣を纏ったイルカが、僅かに視線を伏せてその酒を受ける凛としたその姿は、カカシの瞳に涼やかに映った。
「・・・嬉しいですよ。浴衣で来てくれて」
「浴衣を着て来いって言ったのは、カカシさんじゃないですか」
夏祭りの時以外、浴衣は着た事がないと言っていたイルカだ。夏祭りでもないのに浴衣を着て、ここまで歩いてきたのが恥ずかしかったのだろう。ほんのりと頬を染めたイルカに軽く睨まれ苦笑する。
「夕涼みは浴衣でするのが基本でしょ?」
酒を注ぎ終え、銚子を置く。
そうしてカカシも杯を手にすると、二人は互いのそれを少し掲げて見せ、乾杯の合図にした。




里の郊外。
周囲を竹林に囲まれた静かな環境と、少し広めの庭。そして、季節ごとに情緒ある風景を見せてくれる縁側。
趣のあるこの家は、カカシがその昔、怪我を負った際にゆっくりと療養出来る場所をと購入したものであるが、最近では、恋人であるイルカと共にこうしてのんびりと過ごす事の方が多い。
麗らかな春には竹林にやってくる鶯の鳴き声が聞け、暑い夏にはこうして涼やかな竹林を眺められる。
涼しくなる秋には竹林の上に中秋の名月が輝き、そして、寒い冬には障子を締め切り、暖かい炬燵の中から障子に映る雪を眺める事が出来る。
そうやって四季折々の景色を堪能できる縁側を有するこの家は、カカシだけでなく、どうやらイルカも気に入ってくれているらしい。
この家で呑みましょうかと誘うと、イルカはそれはそれは嬉しそうな顔をする。
片手に持った杯を傾けながら、夕闇が迫る空を見上げる。雲が晴れ始めた橙色の空に伸びた竹林は、まるで影絵のようだった。
日が沈むと共に夜の風が吹き始め、遠くでカナカナと鳴く蜩の声に涼やかさが一層増す。
(気持ちいいねぇ・・・)
髪を撫でる風が心地良い。
雲が流れる空を見上げながら銀髪を風に靡かせ、カカシがその瞳をそっと閉じた時だった。
「・・・幸せそうですね」
不意に聞こえてきたイルカの少し不機嫌そうなその声に、カカシはふと小さく笑みを浮かべていた。瞳を開き、隣に座るイルカへと視線を向ける。
するとそこには、声と同じく少々拗ねた表情を浮かべているイルカが居て、それを見たカカシはつい、小さく苦笑してしまっていた。
景色ばかりを愛でていたからか、どうやら拗ねてしまったらしい。少し膨れているイルカの頬が可愛らしくて愛しい。そっと指先を伸ばしそこを擽る。
「幸せですよ。あなたと一緒にこうして過ごしていると、凄く幸せです」
イルカを見つめる瞳を柔らかく細め、囁くようにそう告げると、擽っていたイルカの頬がかぁと染まった。可愛らしいその表情を見たカカシの顔にふと笑みが浮かぶ。
「イルカ先生は・・・?」
手に持っていた杯を置き、片手を付く。イルカへと身体を倒しながら、小さく首を傾げてそう訊ねる。
すると、近付いてくるカカシから逃げるように顔を俯かせていたイルカが、恥ずかしそうに「俺も、です」と小さな声で応えてくれた。
そんなイルカが愛しく、俯いているイルカを下から掬い上げるようにそっと口付ける。酒に濡れたその唇を強請るように舐める。
すると、カカシの願いに応えるかのように、イルカの戦慄く唇が少しだけ開かれた。
「ん・・・っ」
すぐさま舌先を滑り込ませ、イルカの咥内を愛撫する。
酒が少し入っているからか、いつも以上に敏感になっているのだろう。カカシが舌を動かすたび、イルカの身体がぴくんぴくんと震える。
力が抜け始めたイルカの頭を支えるようにその耳元にそっと手を添えると、しっとりと汗ばんだ肌が掌に吸い付き、カカシは腰の奥がズクンと疼くのを感じた。
体温が上がり始めたイルカの胸元から立ち昇る、石鹸と体臭の入り混じった匂い。
それらに煽られ、カカシの口付けが徐々に激しくなっていく。
「ん・・・っ、んぅ・・・っ」
イルカから漏れる甘い吐息を聞きながら、耳元に添えていた手をゆっくりと下げる。
しっかりと合わされているイルカの襟元。そこに辿り着いたカカシの手が少しだけ襟元を引き、節ばった指先がその隙間から中へと侵入しようとした。
だが。
「だ、め・・・っ」
首を振ってカカシの口付けから逃げたイルカから、小さく拒絶の言葉が出てきた。力の入らない手で身体を押し返される。
「ダメ・・・?」
その手を取ったカカシは、イルカの身体を引き寄せ、小さな声で続きを強請った。
「抱きたい・・・」
直接的なカカシのその言葉に、途端にかぁと羞恥に目元を染めたイルカが、視線でも強請るカカシから困ったように視線を逸らす。
「その・・・っ、ここじゃ・・・」
行為自体が嫌なのではなく、外と変わらない縁側というこの場所が嫌なのだろう。小さく告げられたその言葉は、イルカも続きをと望んでいて、それを聞いたカカシは嬉しさからふと小さく笑みを浮かべていた。
「周りは竹林だから。外からは見えませんよ」
「でも・・・っ」
「大丈夫だから。ね・・・?」
日が沈み、代わりに顔を出した月。
その淡い光に照らされるイルカはかなり扇情的だ。
黒を基調とした浴衣は禁欲的ですらあるのに、それを身に纏っているイルカは、その瞳を潤ませ続きをと強請っている。
そんなイルカを早く味わいたい。月明かりの下で淫らに啼かせたい。
躊躇う仕草を見せるイルカの腰を強く引き寄せたカカシは、その瞳を覗き込みながら再度強請った。
「抱かせて・・・?」
カカシの熱の篭る眼差しで見つめられたイルカが、ふると身体を震わせる。その瞳を切なく眇める。
そうして月明かりの下。
恥ずかしそうにこくんと頷き、了承の仕草を見せるイルカの姿がカカシの瞳に映し出された。