寄り添う心 9 (うわ、本当にさらさらだ) いつもの忍服に着替えて、脱衣所にある洗面台の前で自分の髪に櫛を通すと、少しも引っかかることなくさらさらと梳けるのにイルカは驚いた。 いつもはなかなか纏まらないのに、そう苦労することなく髪を括り上げる事が出来てしまい、少しだけ頭を左右に揺らしてみる。 そうすると、髪の毛がさらりさらりと流れて、いつもとちょっと違うその感じに嬉しくなったイルカはふふと笑みを浮かべた。 カカシの髪も後で梳かせてもらおう。 何度かカカシが寝ている隙に触れたあの綺麗な銀髪が、イルカは大好きだから。 (ふわふわしてて気持ちいいんだよな・・・) 顔を洗ってタオルで拭きながらそんな事を考えていると、台所の方からいい匂いがしてきて、お腹が空いてきたイルカはいそいそと居間へ向かった。 居間へ入ると、卓袱台に美味しそうな朝ご飯が並んでいて、それを見たイルカは笑みを浮かべた。 と、そこに忍服を着たカカシが台所からやってきて、 「ゴメンね。ズボン、勝手に箪笥から出して着替えちゃった」 と手に持った箸を置きながら謝ってくるから、カカシの着替えの事をすっかり忘れていたイルカは慌てて謝った。 「すみませんっ。俺、すっかり忘れてて・・・っ」 「いいよ。起きたときにちゃんと考えてくれたでしょ?オレの方こそ、断りもなく箪笥を開けちゃってごめんね?」 それは全然構わないから、ふると首を振った。イルカはすっかり忘れてしまっていたから、逆にカカシがイルカが考えた事を覚えていてくれて良かったくらいだ。 それなのに、そんなイルカに何故かカカシが気まずそうな表情を浮かべた。 「あー・・・っと、その、ホントごめんなさい。出来るだけあなたの心の声には応えないようにしないといけないのに・・・。すっかりそれが普通になっちゃってる」 落ち込んだような表情でそう言うカカシに、イルカは再び慌てた。 「それは本当に気にしなくていいです。俺にはカカシ先生に知られて困る事なんてないんですから」 むしろ、カカシがイルカの気持ちを小さな事でも汲んでくれるのがとても嬉しい。 昨夜からずっと、イルカの心にカカシがそっと寄り添ってくれているようでとても安心しているのに。 それにイルカだって、口に出しては恥ずかしくてとても言えないような事も、考える事でカカシに伝える事が出来ているのだ。 カカシの能力は、カカシにはとてもつらいものかもしれないのだけれど、イルカにとってはとても大切なもの。 イルカの気持ちを、口よりも正直に、そして雄弁にカカシに伝えてくれるものだから。 だから。 (俺の心の声には、普通に応えて欲しいです) にっこりと笑みを浮かべて心の中でそう告げてみたら、手を伸ばしたカカシに引き寄せられた。 「ありがとう、イルカ先生。凄く嬉しい・・・」 そうイルカの耳元で囁いたカカシに、ぎゅうっと抱きしめられて。 「ご飯食べてからオレの髪、梳かしてくれる?」 さっき考えた事にさっそく応えてもらえて嬉しかったイルカは、「はい」と言って抱きついた。 ご飯を二人で一緒に食べて、一緒に歯磨きをして。 座布団に胡坐をかいて座ったカカシの、ふわふわとした綺麗な髪を櫛で梳かせてもらいながら、イルカは凄く幸せだった。 幸せだけど、出勤の時間がもうすぐそこまで迫ってきていて。 カカシにアカデミーまで送ってもらったら、カカシとこうして長い時間一緒に過ごせるのはいつになるか分からないから淋しくて。 (一緒に住めたらいいのに・・・) そう考えた途端に、気持ち良さそうに目を閉じて、イルカの手に髪を任せてくれていたカカシが言葉を返してきた。 「それは無理」 「うー・・・」 即答されたのが悲しかったけれど、カカシほどの忍になると他人が常に一緒にいたら落ち着けないのかもと諦めかけた。 (昨夜も眠らなかったんじゃなくて、眠れなかったのかもしれないし・・・) カカシの安眠の為にも、一緒に住むのは諦めようと思っていたら。 「眠れなかったのは事実です。でもね、落ち着けないって事はありませんよ。むしろその逆で、イルカ先生と一緒だと凄く落ち着けます。あなたはオレの能力を知っていて、それでも愛してくれている人だからね」 そう言ったカカシが、すっと目を開けた。 「でも、今のあなたと一緒に住むのは無理なんです。どうしてか分かる?」 振り返ったカカシが、イルカをじっと見つめてくる。その瞳には昨夜イルカが見た炎を少しだけ宿していて。 イルカは、カカシの考えている事が分かった気がした。 「・・・じゃあ、怪我が完治したら一緒に住んでくれますか?」 「それはもちろん。イルカ先生が嫌じゃなかったら、だけどね?」 多分、いろんな事が含まれているカカシのその言葉に、イルカは「嫌じゃないです」と真っ赤になって恥ずかしがりながらもそう答えた。 カカシがそんなイルカをそっと引き寄せる。 「早く怪我、完治させて」 そして、オレのものになって? カカシが熱い眼差しを向けて言ったその台詞に、イルカは胸をきゅんと高鳴らせながら「はい」と頷いて。 近づいてくるカカシの唇を、少し開いた唇で迎えにいった。 怪我が完治したら、カカシが抱いてくれる。 そして、一緒に暮らしてくれる。 今も十分幸せだけれど。 カカシとずっと一緒にいられるその生活がとても待ち遠しいと思う。 イルカの心に、カカシがずっと寄り添ってくれる。 そうして、カカシの心にもイルカが寄り添う事が出来ればいい。 カカシがイルカの心を汲み取って優しく愛してくれるように、イルカもカカシの心を感じてカカシを精一杯愛したい。 「好き」 口付けを解いて至近距離で小さくそう言えば、カカシも嬉しそうに「オレも好きだよ」と答えてくれる。 とっても離れがたかったけれど、そろそろ出ないと遅刻する時間のはずで。 「そろそろ行かないと」 そう言ったら、「ん」と頷いてちゅっともう一度キスしてくれたカカシが立ち上がる。 額当てと口布でその端正な顔を隠すと、準備しておいたイルカの鞄を手に取り、イルカにもう片方の手を差し出してきた。 「アカデミーまで繋いで行こ?」 手を繋いで歩くなんて凄く恥ずかしかったけれど、怪我が痛むフリをすればいいよ、なんてカカシが言うから。 「はい」 と真っ赤になりながら頷いて、その手甲に覆われたカカシの手に、イルカは自分の手を乗せて立ち上がった。 これからずっと、こんな風に手を繋いで心を寄り添わせて、カカシと一緒にいられたらいいと思う。 「いられたらいい、じゃなくて、一緒にいるの」 でしょ? 玄関を出てそう言ったカカシが振り返って笑みを浮かべる。 そんなカカシに、イルカも満面の笑みを浮かべると。 「はい!」 と元気よく返事をして、二人仲良く手を繋いでアカデミーへと向かったのだった。 |
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