重なる心と身体 1






だいぶ寒くなってきた。
季節はすっかり秋になっていて、木々の多い木の葉の里を、綺麗に色付いた葉が彩り始めている。
今日の任務の帰り、里へ戻る途中に里を見渡せる小高い丘があるのだが、そこから見た里の木々が、あちらこちらで赤や黄色に色付いてとても綺麗で。
恋人であるイルカに見せたいとカカシは思った。
足を骨折していて任務に行けなかったイルカだから、あんなに木の葉の里が色付いているなんて知らないだろうし、そろそろリハビリも兼ねて遠出してもいいだろう。
(明日にでも誘ってみるかな・・・)
報告書を提出し終え、口布の下で少し口元を緩めてそんな事を考えながら上忍待機所へとやってくると、カカシはソファの一角に座って足を組み、ポーチからいつもの愛読書を取り出した。
ここの所、任務が続いていて忙しかったが、今日大き目の任務を一つ早々に終わらせたから、今日の午後から明日は終日と久々にゆっくり休みが貰える事になっている。
久しぶりにイルカとゆっくり過ごす事が出来るのが嬉しくて、今日のカカシは、今朝任務が終了した時からずっと機嫌がいい。
緊急の任務なんか入らないでくれよと願いながら、どこまで読んだかなと愛読書の文字を目で追っていた時だった。

『あ!カカシ先生帰ってきてるっ。カカシ先生、お帰りなさい!任務お疲れ様でした』

不意に聞こえてきた愛しい『声』に、カカシの口布に隠されている頬が緩む。
さっき受付所に報告書を提出しに行った時にはいなかったイルカが、どうやら受付に入ったらしい。
カカシが今どこにいるのかを、イルカはいつも、ちょっとだけ職権を乱用して気にしてくれる。
今も、カカシがさっき提出した報告書に気づいて、カカシが戻っている事を知ったのだろう。
仕事中で直接会って言えないからと、こうやって先に『声』で労わってくれるイルカの心遣いが嬉しい。
(ただいま、イルカ先生)
聞こえないとは分かっているが、そう心の中で返して。
手元の本に視線は向けながらも、それは少しも読まずに、続いて聞こえてくるイルカの『声』に意識を浸す。

『そうだ。あの、お願いがあるんですけど・・・。今日の夕方なんですが、鍛錬に少しだけ付き合ってもらえませんか?そろそろリハビリしたいんです』

『あ、でも、疲れてるかな・・・』とカカシの体調を気にしてくれるイルカに、愛しさから目を僅かに細める。
片手に持っていた本をパタンと閉じ、印を素早く組むと。
「いいよって伝えて」
煙を上げて掌に現れた小鳥にそう小さく告げて、カカシは待機所の窓を少し開け、そこから小鳥を空へと放った。
受付所の方向へスイと飛んでいく小鳥を見送って、冷たい風が吹き込む窓を閉め、ソファに座りなおす。
そうして、イルカの仕事が終わるまでに本を読み終えてしまおうと、ソファに置いていた愛読書を手にしたところで。

『やったっ。ありがとうございます!』

イルカの凄く嬉しそうな可愛らしい『声』が聞こえてきて。
ついぷっと吹き出してしまったカカシは、何事かと周りの人間が視線を向ける中、緩みきった顔を手にした本でこっそりと隠さなければならなかった。


夕刻になり、少し冷たい風が吹く第三演習場。
仕事を終えたイルカと共にそこを訪れ、イルカの鍛錬に付き合っているカカシは、内心ほぅと感嘆のため息を吐いていた。
(綺麗な型だ)
イルカと共にやってきたここで、組み手をお願いしますと言われ、それに付き合っているのだが。
イルカの体術の型がとても綺麗で。
さすがはアカデミー教師だと、カカシは先ほどから感心しているのだ。
ヒュンと切れのいい音を立てて、蹴りがカカシの死角から頭を目掛けて飛んでくる。
それを身を伏せて避けると、地に片手を着いて体勢を整えたイルカが、蹴りを繰り出した足ですぐさま、カカシの伏せてガラ空きの背中目掛けて踵を落としてくるから。
(おっと・・・!)
カカシも地面に着いた手で自らの体を後方へ押し出し、それを避ける。
カカシが避けた踵を軸に体を回転させ、イルカが低い体勢のままもう片方の足をカカシへと一歩踏み出し、足払いを仕掛けてくる。
骨折していた足はもう痛まないのか、イルカの攻撃に迷いがない。
足技を中心に攻撃を仕掛けてくるイルカに、足が完治しているのを身をもって実感してしまい、イルカの攻撃をひらりと跳んで避けるカカシの顔に、つい笑みが浮かんでしまう。

『笑ってる・・・っ』

悔しそうな『声』が聞こえてきたと思ったら、イルカの攻撃が容赦なくなった。
それまで聞こえてきていた、イルカの次の攻撃を教えてくれる『声』すら聞こえてこなくなる。
「カカシ先生っ、ちゃんと相手して下さいっ」
ひょいひょいとイルカの攻撃を避けるカカシに、顎から汗を滴らせているイルカがそんな事を言ってくる。
それに仕方ないなとちょっと苦笑して。
胴を目掛けて飛んできた足をパシッと片手で受け止め掴むと、拳が飛んでくる前にイルカの懐へと一歩踏み出してイルカの腕を取り、逃げようとする腰を抱き込んだ。
「・・・もう二時間近く鍛錬してるから、そろそろお仕舞いにしよ?」
イルカの身体をしっかり拘束してそう告げるカカシに、息を乱したイルカが悔しそうな視線を向けてくる。

『・・・カカシ先生、ちっとも汗かいてない。俺の攻撃も全然効かないし・・・』

そんな事を考えながら、むぅと唇を尖らせているイルカについキスしたくなって、口布を下げてちょんとキスをして。
「ちゃんと効いてますよ。避けてたのは、イルカ先生の攻撃が鋭すぎて、受けたら反撃しそうだったから」
真面目な顔をしてそう言ったカカシのその言葉に、イルカが「本当ですか?」と疑いの眼差しを向けてくる。
(本当ですよ)
反撃してしまいそうだったのは本当だ。
イルカの真剣な眼差しと、綺麗な型から繰り出される技はとても切れがあって、受け止めてしまえば、反射的に手が出てしまいそうだった。
腕の中のイルカに、ん、と一つ頷いて見せて。
「せっかく怪我が治ったのに、また怪我させたくなかったんです。・・・それにね?」
そこまで言って、今度は笑みを浮かべる。
「イルカ先生の足が完治してるのが分かって、オレの心臓はさっきから攻撃されっぱなしです」
ドキドキしすぎて倒れそう。
そんな事を耳元でそっと囁いてみたら、カカシの目の前にあるイルカの耳がかぁと赤くなった。

『そうだった!うわっ、俺、何か凄い恥ずかしい事を・・・っ』

カカシに、足が完治した事をこんな形で教えてしまったのが恥ずかしいのだろう。
真っ赤になった顔を見られないようにと、イルカがぎゅっと抱きついてくる。『恥ずかしい』と『声』が伝えてくる。
「そんなに恥ずかしがらないで?オレは、イルカ先生の強さも実感できて嬉しかったよ?」
ふと笑みを浮かべながらそう言うと。
顔を真っ赤にさせたイルカが、ちらと視線を向けてきて。

『隙ありっ』

そんな可愛らしい『声』と一緒に、カカシの腹に拳を軽く入れてきた。
「・・・ッ!」
全く痛くなかったくせにわざとらしく呻いて見せるカカシに、「やった」と嬉しそうに言ったイルカが、
「鍛錬に付き合ってくれたお礼です」
そう言って、恥ずかしそうにしながらも笑みを浮かべてちゅとキスしてくれた。